作曲家と料理のお話 第16回(ベートーヴェン)

ベートーヴェンの両親は結婚当初、経済的にかなり厳しい生活を送っていたようです。ベートーヴェンの母は、トゥリアー選帝侯の夏の離宮の料理長の娘でした。彼女は料理の知識が豊富だったかもしれません。ベートーヴェンは母の手料理の味が忘れられなかったのでしょうか。

1818年メートリンクを訪ね、ベートーヴェンの肖像画を描いた画家クレーバーは散歩中のベートーベンの姿をこのように証言しています。

髪はわずかに青みがかった灰色で、非常に生き生きしていた。その髪が風に吹かれて逆立つさまは、まことにオシアンを思わせるデモーニッシュなものがあった。それに反し、打ち解けた会話を楽しんでいるときの彼は、親しみのある穏やかな表情を浮かべていた。

この肖像画が描かれた頃のベートーヴェンがレストランで食事中のところを目撃したある言語学者の証言によると、ベートーヴェンは、レストランではいつも質素な昼食をとっていたそうです。彼は食事中、話題が次から次へと切れ目なく続き、会話を楽しんだようです。

学校の音楽室によく飾られている肖像画のベートーヴェンは険しい表情をしています。この肖像画を描いてもらう前に食べた大好物のマカロニチーズが口に合わなかったために、こんな表情をしているという説もあります。

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ベートーヴェンの肖像画

マカロニチーズは彼にとって家庭料理の定番のひとつだったのかもしれません。今回はじめてマカロニを粉から練って作って味わってみて、ベートーベンの母が心を込めて作ってくれたマカロニの記憶が鮮明だったとすると、譲れないこだわりがあったとしても不思議ではないと感じました。

ベートーヴェンは魚好きでした。あらゆる種類の魚を好みましたが、中でも鱒を特に好みました。ドナウ川では新鮮な鱒が採れますが、保養地として訪れていたバーデンでも、鱒などの魚を食していたのかもしれません。ベートーヴェンは肉より魚派だったようです。

ベートーヴェンはパンをどろどろに煮たスープも好きだったようです。飲み物はオーストリア産のワインを好み、自分の体に合っていると言っていたようです。

ベートーヴェンは新しい訪問客でも気に入った人は食事に誘いました。幼い頃、ゆっくりと食事をする時間もない程に楽器の練習をしていたベートーヴェンにとって、人とゆっくりコミュニケーションを取りながら食事する時間は、貴重で楽しいひと時だったことでしょう。
一方でベートーヴェンは食事の時間になっても帰らないことがあり、家政婦たちを悩ませました。散歩をしながら曲の創作をしていたので、食事を忘れてしまう程、音楽に夢中になっていたのでしょう。

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散歩をしているベートーヴェン

音楽の構想を練っている最中の表情は、人を寄せつけない程の集中があったのかもしれませんが、ひとたび自身の世界から抜け出し、他者と向き合う際には温和な空気の中で食事や会話を楽しんでいたのかもしれません。

今日はパンスープ、ベートーヴェンが好きだったという魚の塩焼き、ベートーヴェンが食べたのではないかと思われるマカロニチーズのドイツの伝統料理シュペッツレを作りました。

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参考文献

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