古典派の天才、モーツァルトの登場!!
天真爛漫で機知に富んだヴォルフィ君です!!
モーツァルトの妻のコンスタンチェがモーツァルトを「ヴォルフィ」と呼んでいたことから名付けました!!
オーストリア出身モーツァルトの代表作品の一曲に有名な『トルコ行進曲』があります。これはピアノソナタ第11番 イ長調K.331 第3楽章として配置されている勇ましく異国情緒漂うインパクトのある楽曲で人気がありますよね。
この『トルコ行進曲』は、正式名を「トルコ風に」と言い、タイトルの通り、モーツァルトがメフテルというトルコ軍楽(オスマン帝国の軍楽)に影響を受けて書かれたとされています。
当時オーストリアのウィーンではトルコ風の音楽が流行していたそうですが、モーツァルトはウィーン時代に、このトルコ行進曲以外にも、オペラでトルコ風音楽を用いています。
1781年8月1日に、モーツァルトが父へ宛てた手紙の中には「主題はトルコ風で『ベルモントとコンスタンツェ、後宮からの誘拐』といいます。シンフォニアと第1幕の合唱と終曲の合唱は、トルコ風の音楽で書きます」という言葉があります。タイトルにあるこのオペラのソプラノヒロインの役名はコンスタンツェですが、モーツァルトが翌年のブルク劇場でのこのオペラの初演直後に(1782年8月4日)結婚式を挙げた妻の名もコンスタンツェと言います。
少しだけミステリアスですね。
モーツァルトの数々のオペラの傑作が上演されたブルク劇場(元々はウィーン宮廷劇場)は、当時の皇帝ヨーゼフ2世(マリア・テレジアの皇子)時代に国民劇場となっています。ヨーゼフ2世は、シェーンブルン宮殿でモーツァルトに会っていたようです。そこで、モーツァルトはオペラについての話などもされていたのでしょうか?
この時代、貴族の間では朝食やおやつに、クロワッサンの原型であるキプフェルンと、コーヒーが食卓に添えられたと言われます。その後、即位した皇帝がブルク劇場の女優とキプフェルンを食したというエピソードもあるようです。
富裕層の招待を受けていたというモーツァルトもキプフェルンとコーヒーでもてなされていたのではないかと想像されます!!
キプフェルンは、オスマン帝国の包囲に勝利した記念にトルコの軍旗の三日月を模して発案されたウィーン発祥のパンです。
当時のキプフェルンは、現代のサクサクとした食感が魅力のクロワッサンとは異なり、バターを織り込まないロールパンのような素朴なパンだったようです。
写真は、手作りで、ロールパン風に焼き上がっています!!

また、モーツァルトの遺品にはコーヒー豆挽き機があったとされるので、モーツァルトは日常的にもコーヒーを嗜んでいたのではないでしょうか?
実は、コーヒーもトルコ軍が第二次ウィーン包囲で退いた際に残していったのが始まりのようです。キプフェルンもコーヒーもウィーン包囲に由来しているようで、ウィーンにとってクロワッサンやコーヒーは、いわばウィーンの強さの象徴の1つとも言えるのかもしれませんね。
フランクフルトに演奏旅行中のモーツァルトが妻コンスタンツェへ送った手紙の中で「ヴェルツブルクでは、大事な胃の腑にコーヒーで力をつけたが、ここは綺麗な立派な町だ」という言葉があります。
モーツァルトの『トルコ行進曲』の作曲年が1783年という説がありますが、モーツァルトは100年前の自国の勝利の瞬間を想像したりもしていたのでしょうか?
オーストリアの偉大で勇猛果敢な歴史や誇りが詰まったコーヒーは、モーツァルトにとっても活力の源の1つになっていたのかもしれませんね!!(丸山)





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