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makikoモデレーター皆さんこんにちは!今日の札幌は雪 -3℃ 本格的な真冬がやってきました。
体調管理には十分注意してください。
明日 札幌のピアノ教室 札幌コンセルヴァトワール カノンホールにおいて 小川巧真 ピアノリサイタルが開催されます。
完売です。素晴らしい演奏会になることと思います。
頑張ってください。1811年11月25日、ウェーバー作曲 クラリネット協奏曲第2番 変ホ長調 作品74がミュンヘンで歌手のヴァイクゼルバウムが開いたコンサートにおいて、ベールマンの独奏と宮廷管弦楽団によって初演された日です。
ミュンヘンの宮廷管弦楽団のクラリネット奏者であったハインリヒ・ヨーゼフ・ベールマンのために書かれ、クラリネットを扱ったウェーバーの一連の作品のうちの一曲です。
この初演を聴いたバイエルン国王マクシミリアン1世は大いに感動し、新たに2曲の協奏曲の作曲をウェーバーに依頼しました。ウェーバーはそれに応え、まず同年6月に第1番ヘ短調作品73が初演され、7月17日にミュンヘン郊外のシュタルンベルク(英語版)で変ホ長調の協奏曲が書き上げられました。Buona giornata!!
makikoモデレーターみなさん今晩は!今日の札幌は雪、2℃寒いです。
1875年11月18日の今日、ブラームス作曲ピアノ四重奏曲第3番ハ短調 作品60が、ウィーンにおいてブラームスとヘルメスベルガー四重奏団(ヘルメスベルガー、バハリヒ、ポッパー)で初演された日です。
作曲時期は1855年頃、ブラームスは「嬰ハ短調の四重奏曲」を第1番や第2番より前、1856年4月に完成させています。ヨーゼフ・ヨアヒムを交え試演も行われましたが、ブラームスは満足せず、20年近く発表されませんでした。
その後ブラームスは1873年から1874年にかけて移調や楽章単位の書き換えなど大規模に改訂、1875年に現行の形で本作が出版されました。
出版に先立ち、ブラームスは出版社ジムロックに「楽譜の表紙には、頭にピストルを向けている男を描くといいでしょう」と述べています。このエピソードをはじめ、初稿が書かれた時期がシューマンの自殺未遂から死の時期と重なっていること、ブラームスとクララとの関係などが関連づけられ、「ウェルテル四重奏曲」と呼ばれることがありました。Buona giornata????
makikoモデレーター皆さんおはようございます。今日の札幌は曇りの5℃。 昨日から突風も吹きとても寒いです。
1973年11月12日の今日、ショスタコヴィチ作曲 弦楽四重奏曲第14番 Op.142がレニングラードでベートーヴェン弦楽四重奏団によって初演された日です。1973年に作曲され、12, 13番と短調の曲でしたが、この曲は明るい曲想を持ち、ベートーヴェン弦楽四重奏団のチェリスト セルゲイ・シリンスキーに献呈されています。
久しぶりの今日言葉
人を相手とせず,天を相手とせよ。天を相手として己を尽くし、人を咎めず,わが誠の足らざるを尋ぬべし(西郷隆盛)
Buona giornata!!
makikoモデレーター皆さんこんにちは!!
今日の札幌は少し日差しが届く7℃。気温は上がらず寒い体感です。1846年11月5日の今日、ロベルト・シューマン作曲 交響曲第2番ハ長調 作品61が、メンデルスゾーン指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団によって初演された日です。
この作品はシューマンが完成した交響曲としては3番目、2番は後年改訂出版されて「第4番」とされたため、出版順序によって第2番となりました。
スウェーデン国王オスカル1世に献呈されています。
1843年からロベルトはメンデルスゾーンが設立したライプツィヒ音楽院で教鞭を執っていましたが、次第に精神障害の症状に悩まされるようになり、1844年に辞任、同年12月にドレスデンへ移住しました。ドレスデンでは当時同地の宮廷楽長であったリヒャルト・ワーグナーらとともに、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの研究にも再び取り組みました。1845年7月にピアノ協奏曲イ短調を完成させたシューマンは、9月にメンデルスゾーンに宛てた手紙に「ハ長調のトランペットが頭に響いている。」と書いており、このころから交響曲の作曲に取りかかったと見られています。12月にはスケッチが完了、翌1846年にオーケストレーションが完成しました。Buona giornata!!
makikoモデレーター皆さんこんばんは。今日の札幌は13℃。
本日札幌キタラ小ホールにおいて、第71回全日本学生コンクール北海道大会本選が開催されております。
札幌コンセルヴァトワールの生徒さんも多数出演されております。
皆さん頑張ってください。1915年10月28日の今日、リヒャルト・シュトラウス作曲『アルプス交響曲』作品64が、ベルリンフィルハーモニー楽堂でリヒャルト・シュトラウス指揮、シュターツカペレ・ドレスデンの演奏で初演された日です。
シュトラウスが14歳(15歳との説もあり)の時に、ドイツ・アルプスのツークシュピッツェに向けて登山をしたときの体験が、この曲の元となっていると言われています。その後、1900年に交響詩『芸術家の悲劇』(未完)を経て、1902年には『アンチクリスト、アルプス交響曲』という名称でスケッチがされ、この題名にはフリードリヒ・ニーチェの『アンチクリスト』からの影響が見て取れるといわれています。
1911年からガルミッシュ=パルテンキルヒェンの山荘で『アルプス交響曲』としてのスケッチを開始し、1914年から本格的な作曲に取り掛かったようです。Buona giornata!!
makikoモデレーター皆さんおはようございます。
昨日の宮澤院長古希演奏会,たくさんのお客様が来場し大盛会、円熟された院長の音素晴らしかったです。西本さんのトークも演奏も素晴らしくまた、サプライズもあったり素晴らしい演奏会でした。
明日も富良野で演奏会です。
是非皆様ご来場くださいませ。1858年10月21日の今日、オッフェンバック作曲 オペレッタ「地獄のオルフェ」がブッフ・パリジャン座(フランス語版、英語版)で初演された日です。こうして作品は完成し、1858年10月21日初演を迎え、大成功を収めました。翌日付の『フィガロ』紙はこの成功を、「前代未聞 素晴らしい 見事としか言いようがない あかぬけていて 聴衆を魅了してやまず 気が利いていて とにかく楽しい 大成功だ 非のうちどころない 心地よく響くメロディ」と評しました。
初演から1859年6月まで連続228回公演を記録した大ヒット作にしてオッフェンバックの代表作です。
オリジナルはフランス語ですが、他のオッフェンバック作品はドイツ語上演が非常に多く(日本でさえ日本語とドイツ語でしか上演されたことがなく、レコード時代にはドイツ語の全曲盤しか発売されなかった)、1970年代には東ドイツ、西ドイツそれぞれで競作のように映画化されました。Buona giornata!!
makikoモデレーター皆さんおはようございます。
今日の札幌は穏やかな空の11℃。ちらほらと紅葉も始まっております。1905年10月15日の今日、ドビュッシー作曲 管弦楽曲 『海 – 管弦楽のための3つの交響的素描』または交響詩「海」が、カミーユ・シュヴィヤール指揮のコンセール・ラムルーによって初演された日です。
オーケストラの団員は作品に背を向けたため、演奏の出来は芳しいものではなく、聴衆、批評家たちの反応も賛否両論でした。
この作品の次作にあたる管弦楽のための『映像』の作曲中にドビュッシーは、「音楽の本質は形式にあるのではなく色とリズムを持った時間なのだ」と語っていますが、この作品はこの言葉を裏付ける「音楽」です。1903年夏に着手。9月12日付の手紙でアンドレ・メサジェ宛に、この作品に取りかかったことと、「サンギネールの島々の美しい海」、「波の戯れ」、「風が海を踊らせる」という副題を持つ3つの楽章から構成されることを伝えています。同じ手紙の中で彼は、自分が今いるブルゴーニュから海は見えないが、記憶の中の海の方が現実よりも自分の感覚には合っていると述べ、実際に書き上がった作品では、これらの副題は外され、「海の夜明けから真昼まで」「波の戯れ」「風と海との対話」というタイトルがついていたといわれています。
1905年3月5日、イングランド南部、ドーヴァー海峡に面したイーストボーンの海辺において完成しました。Buona giornata!!
makikoモデレーター皆さんこんばんは!!
今日の札幌は、昼間少し雨が降ったりしていましたが・・・曇り空の16℃。
10月9日,ブルグミュラーコンクール2017 北海道大会 地区予選札幌大会がキタラ大リハーサル室で、
10月22日には苫小牧大会 三ツ星本店ハスカップホールで開催されます。
出場のみなさん頑張ってくださいね!1956年10月7日の今日、ショスタコーヴィチ作曲「弦楽四重奏曲第6番」ト長調 がレニングラードにおいてベートーヴェン弦楽四重奏団によって初演された日です。
1952年に書かれた前作第5番は、室内楽活動30周年を迎えたベートーヴェン弦楽四重奏団へのお祝いの目的で作曲されましたが、第6番の作曲の経緯について詳細がわかっていません。作品全体は明るく田園的な情緒を醸しだしているのが特徴です。Buona giornata!!
makikoモデレーターみなさんおはようございます。
今日の札幌は日差しが戻りつつある現在の気温18度。
昨夜の関ジャニ∞ 皆さんご覧になりましたか?
岸本君凄かったですね!!さて1791年9月30日の今日、モーツアルト作曲 オペラ 「魔笛」K620がヴィーデン劇場で初演された日です。
モーツァルトはバーデンの妻に「アントニオ・サリエリが愛人カヴァリエリとともに公演を聴きに来て大いに賞賛した」と手紙を書いたほどの大好評を博しました。
台本は興行主・俳優・歌手のエマヌエル・シカネーダー。
シカネーダーは当時ヨーロッパ各地を巡業していた旅一座のオーナーで、モーツァルトとはザルツブルク時代の知り合いで、モーツァルトが所属したフリーメイソンの会員でもありました。シカネーダーはウィーンの郊外にあるフライハウス(免税館)内のヴィーデン劇場、フライハウス劇場とも呼ばれ、フライハウスは劇場も含む建物群を管理し、一座の上演を行っていました。
シカネーダーは、当時仕事がなく生活に困っていたモーツァルトに大作を依頼、1791年の3月から9月にかけて作曲を進め、プラハでの『皇帝ティートの慈悲』の上演のため中断をしましたが、9月28日に完成。当時妻コンスタンツェがバーデンへ湯治に出ており、モーツァルトは一人暮しをしていたため、シカネーダーは彼にフライハウス内のあずまやを提供したといわれています。(あずまやはザルツブルクの国際モーツァルテウム財団の中庭に移設され現存)。
フリーメイソンの精神をオペラ化したとも、当時皇帝から圧迫を受けつつあったフリーメイソンの宣伝であったなど、教団との関わりを重視する指摘があり、今日の演出にも影響を与えています。現在では否定されていますが、モーツァルトの急死はフリーメイソンの教義を漏らしたため、フリーメイソンのメンバーが暗殺したという説さえ見られたほど・・・・・・。Buona giornata!!
makikoモデレーター皆さんおはようございます!!今日の札幌は昨日夜の雨から一転快晴の20度。過ごしやすい一日になりそうです。
1962年9月24日の今日 バーバー作曲 ピアノ協奏曲 Op.38が、リンカーンセンターのエイヴリー・フィッシャー・ホール(当時フィルハーモニック・ホール)の杮落としの音楽祭でブラウニングのピアノと、エーリヒ・ラインスドルフの指揮、ボストン交響楽団によって初演されました。批評家から大絶賛、1963年度ピュリッツァー賞の第2等を受賞し1964年には音楽評論家サークル賞を授与されました。
楽譜出版社シャーマーから創立100周年記念作品の依嘱を受け、1960年3月に着手されました。当初より、初演予定者のジョン・ブラウニングを意図し、その格別の鍵盤技巧を念頭において創られました。最初の2つの楽章は1960年の暮れまでに完成しましたが、終楽章は、世界初演の15日前になるまで仕上がらなかったと言われています。Buona giornata!!
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