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makikoモデレーターこんにちは!今日は凄く寒いですね。インフルエンザ、風邪猛威をふるっています。発表会も近づいております。体調管理には十分ご注意ください。
1905年1月29日の今日、マーラー作曲 声楽とオーケストラのための「亡き子を偲ぶ歌」がフリードリヒ・ワイデマンの独唱、作曲者自身の指揮によりウィーンで初演された日です。
歌詞はフリードリヒ・リュッケルトの同名の425篇ある詩から引用されました。
この詩は、リュッケルトの子供の中の2人が1833年の冬から1834年にかけて相次いで死ぬという出来事のあった後に書かれました。
マーラーはこの詩から5篇を選び、1901年から1904年にかけて作曲しました。
「いま晴れやかに陽が昇る」
「なぜそんなに暗い眼差しだったのか、今にしてよくわかる」
「きみのお母さんが戸口から入ってくるとき」
「いつも思う。子供たちはちょっと出かけただけなのだと」
「こんな嵐のときに」この曲集を作曲した4年後、マーラーが娘を猩紅熱によって4歳で失いました。
グイド・アドラーに書いた手紙に
「私は自身を、私の子供が死んだと想定して書いたのだ。もし私が本当に私の娘を失ったあとであったなら、私はこれらの歌が書けたはずがない」。Buona giornata!
makikoモデレーターおはようございます。
今日の札幌は今日は青空が広がっていて-3℃。連日寒いですし、インフルエンザ、風邪が猛威をふるっています。
防寒、風邪対策万全にして下さい。明日は、札幌コンセルヴァトワール講師 徳田先生 北浜先生によるコンサートがキタラ小ホールにて開催されます。
是非足をお運び下さい。1859年1月22日の今日、ブラームス作曲「ピアノ協奏曲第1番」 ニ短調op.15が、ハノーファーにて、作曲者ブラームス自身の独奏ピアノ、ヨーゼフ・ヨアヒムの指揮により初演された日です。
ハノーファー初演は一応成功したものの、5日後のライプツィヒ初演が行われたとき、聴衆は退屈のあまりに非難の野次を飛ばしたといわれています。ブラームスはヨアヒムに宛て「僕はただわが道を行くだけです,それにつけても野次の多さよ!」書き送っています。
元々は1854年3月に3楽章構成の『2台のピアノのためのソナタ』として書き上げられたものが原型でしたが、ブラームスはクララ・シューマンと何度か試奏してピアノという形に不満を抱き、1855年2月、協奏曲にするとひらめきました。
クララ・シューマンや親友のヨーゼフ・ヨアヒムの助言を受け、彼らが納得いくまでブラームスは改訂を加え、クララによると第1楽章は1856年10月1日に完成、そしてブラームスの私信によればフィナーレは12月、そして新たに書き出した第2楽章は1857年1月に完成しています。Buona giornata!
makikoモデレーターこんにちは!今日の札幌は雲が広がる3℃今夜も冷えそうです。
風邪が流行っています。長引く風邪のようです。十分休息をとってください。1890年1月15日(新暦)の今日、チャイコフスキー作曲 バレエ音楽Op.66「眠れる森の美女」がマリインスキー劇場において初演された日です。
サンクトペテルブルクの帝室劇場総裁イワン・フセヴォロシスキーがチャイコフスキーに、ペローのおとぎ話『眠れる森の美女』に基づくバレエの音楽が欲しい、と1888年5月13日新暦では5月25日手紙を送りました
『眠れる森の美女』の作曲に当たってチャイコフスキーが取り組んだ台本は、ペローの童話を基にフセヴォロジスキーが書き下ろしたもの。振付は、ロシア帝室バレエのバレエマスター(振付・演出家)マリウス・プティパ。プティパは作曲に必要な指示を詳細に書き、チャイコフスキーはこの新作を、フロロスコエの自宅ですばやく書き上げました。1888年冬に草稿に着手、オーケストレーションを1889年5月30日に開始。
ゲネプロに、アレクサンドル3世は皇族をつれて観覧し立ち去り際に、たった一言「とてもいい」、期待とは違う反応で苛立ったといわれています。
1893年に他界後1921年のロンドン公演で国際的に古典的なレパートリーとして不朽の地位を得ました。しかしそれはチャイコフスキーとプティパが作った『眠れる森の美女』を基にしながらも相違があり、また、ロシアにおいても革命・ソ連時代を経て異なるものに変わっていました。原作がどういうものであったのかが分かったのは、1999年4月30日、ロシア、サンクトペテルブルクのマリインスキー・バレエが復原版の上演でした。
原作バレエの上演前にアレクサンドル・ジロティによってピアノ独奏版、1892年にジロティとチャイコフスキーの監修を受けたラフマニノフによる連弾版が出版されています。また演奏会用組曲(作品66a)が存在しますが、これはジロティが作曲者に提案の上で編纂したものです。Buona giotnata!!
makikoモデレーターおはようございます。
今日の札幌は日差しが届く-3℃。昼間でも厳冬の寒さになりそうです。
道内では例年より早く、インフルエンザ警報が発令されました。
体調管理には十分気を付けてください。1904年1月9日の今日、ドビュッシー作曲 ピアノ曲 『版画』がリカルド・ビニェスによって初演された日です。
3つの異なる土地を連想させる三極で構成されています。
第1曲、塔(パゴダ)は、ガムラン音楽の影響も見られ、ペンタトニックを使用し、インドシナの民族音楽を模倣し、アジアを暗示。
グラナダの夕べ は、ギターの掻き鳴らしの模倣とアラビア音階(マカーム)を使用、スペイン情緒表現。作曲当時のドビュッシーのスペイン体験は、サンセの街で数時間を過ごしたことだけでしたが、スペインの作曲家マヌエル・デ・ファリャは、「1小節たりともスペイン民謡からは借用されていないにもかかわらず、作品全体が、ほとんどの細部において、スペインを見事に描き切っている」と評しました。
雨の庭は、《忘れられた映像》第3曲の改作で、フランスの童謡《もう森になんか行かない 》や《眠れ坊や眠れ 》が引用され、ドビュッシーの母国フランスの庭園に篠突く雨が描写されています。半音階、全音音階、長調、短調が混在しています。Buona giornata!!
makikoモデレーターFelice anno nuovo!!
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
今日の札幌は、気持ちのいい快晴 -2℃。いいお天気です。今年も皆様健康でありますように。1846年1月1日の今日、シューマン作曲 ピアノ協奏曲 イ短調作品54が、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスおいて、妻クララ・シューマンの独奏、献呈者フェルディナント・ヒラー指揮で初演された日です。
シューマンはこの曲の前にいくつかピアノ協奏曲の作曲に取り掛かりました。1828年に変ホ長調の協奏曲の作曲、1829年から1831年にかけてはヘ長調の協奏曲、1839年にはニ短調の協奏曲を1楽章のみ作曲しましたが、いずれも完成しませんでした。
1841年、後にピアノ協奏曲の第1楽章となる『ピアノと管弦楽のための幻想曲』を作曲、1845年、間奏曲とフィナーレの2楽章を加え改作し完成ました。シューマンの作曲した唯一のピアノ協奏曲です。日本初演は1927年9月18日、宝塚小劇場にて、ヨーゼフ・ラスカ指揮、宝塚交響楽協会によって演奏されましたが、独奏者が誰であったかについては不明。
Buon anno
makikoモデレーターこんばんは!今日の札幌は曇り☁️の-4℃
ただ今札幌コンセルヴァトワール カノンホールにおいて筒井先生と皆川先生のクリスマスコンサート開催中です。
親子演奏や子供たちの連弾、曲に合わせたバレエもあり楽しい会となっています!今はお楽しみ抽選会中!
たくさんの子供たちも来場して可愛い会!
Buon natale!!
makikoモデレーターこんにちは!!
今日の札幌は雪が降ったりやんだり晴れたり、-1℃。
日曜日の平岸の爆発には驚きました。街中ドーンという雷鳴。雷かミサイルかと思いました。被害にあわれた皆様の回復。原状復帰を心よりお祈り申し上げます。
12月23日(日)札幌コンセルヴァトワール カノンホールにおいてコンサートが開催されます。15時から。抽選会もありますので是非ご来場ください。
1892年12月18日の今日、今ディズニー映画で話題の、チャイコフスキー作曲「くるみ割り人形」がサンクトペテルブルグ マリンスキー劇場で帝室バレエ学校のバレリーナで(現ワガノワ・バレエ・アカデミー)初演された日です。(ユリウス暦では6日)
マリンスキー劇場支配人であったイワン・フセヴォロシスキーはドイツのE.T.A.ホフマンの童話 『くるみ割り人形とねずみの王様』 を原作とするバレエを構想し、チャイコフスキーに作曲を依頼しました。
筋立てはホフマンの童話に基づくデュマの小説に依拠しており、マリウス・プティパの台本、振付はレフ・イワーノフ。
観客の反応はまずまずでしたが、主題が弱いと考えられたことで大成功とは言えず、ポピュラーな作品となるまでには時間がかかりました
初演が成功とは言えなかったことから、定番となる演出・振付がなく、21世紀に入った現在も新演出・新振付が作成されています。23日のコンサートでは 上記のくるみ割りの曲も演奏されます!!ご期待ください!
Buona giornata!!
makikoモデレーターこんばんは!今日の札幌は-5℃。毎日極寒です。
インフルエンザで休校する学校も出始めました。
体調管理には十分気を付けてください1963年12月10日の今日、バーンスタイン作曲 交響曲第3番『カディッシュ』がイスラエルで、ジェニー・トゥーレルのソプラノ独唱、現地の女優ハンナ・ローヴィナ(英語版)の語り手、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団で初演された日です。
1963年に作曲し、短い期間で完成されましたが、同年の11月23日にジョン・F・ケネディが暗殺されたことを受けて、完成後は「レクイエム」として捧げられました。
一部の宗派から激しい抗議がありましたが、聴衆は熱狂的な絶賛をしたといわれています。
『カディッシュ』の意味は、「神聖化」「聖なるもの」で、死者の追悼のために歌われる祈りを意味しています。またこの言葉は世界のユダヤ人全てにとって、深く感動的な意味を持っているといわれています。
追悼の祈りは全体を見ても「死」という言葉は一度も現れず、逆に「生」という言葉が3度も用いられていることから、哀悼の念や苦悩ではなく、神の栄光に感謝する平和への祈りが込められているといわれています。Buona giornata!!
makikoモデレーターおはようございます。
今日の札幌は曇,季節外れの暖かさの12℃。ですが、雨が降ったりやんだり、豪雨や雷雨の恐れもあります。外出の際は傘を忘れずに。
札幌コンセルヴァトワールの生徒さんが今年も第72回全日本学生音楽コンクール全国大会で入賞しました!おめでとうございます!1881年12月4日の今日、チャイコフスキー作曲 ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35が、ブロツキー独奏、リヒター指揮、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団で初演されました。
指揮者も楽団員も理解することなく演奏したため酷い演奏になり、聴衆、批評家から酷評されました。特に、エドゥアルト・ハンスリックはその豊かな民族色に辟易し『悪臭を放つ音楽』とまで言い放ちました。
ブロツキーは酷評にひるむことなく、様々な機会にこの作品を採り上げ、初演を拒絶したアウアーも後にはこの作品を演奏するようになり、弟子のエフレム・ジンバリスト、ヤッシャ・ハイフェッツ、ミッシャ・エルマンなどにこの作品を教え、彼らが名演奏を繰り広げることで、4大ヴァイオリン協奏曲と呼ばれるまでに評価が高まりました。
真価を認め、初演を行い、世界中で演奏を行ったブロツキーに献呈されました。なお、アウアーが大幅にカットを施した版による演奏が一般的でしたが、近年のチャイコフスキー国際コンクールではこの曲を演奏する場合にノーカットを定めています。
Buona giornata!
makikoモデレーターこんばんは。今日の札幌は曇気味の8℃と少し暖かい日でした。
本日札幌コンセルヴァトワール カノンホールにおいてミン ヨン ホンさんとむじか先生のコンサートが開催されました。
満席のお客様をお迎えし、素晴らしい演奏会となりました!
ホンさんのオーボエの音色とむじか先生の音色が会場をとろけさせ、あっというの二時間で盛会にて終了しました。
お客様皆さん笑顔でお帰りになり、
日韓交友も出来ました。ありがとうございました!감사합니다!!
Buona giornata!
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