作曲家と料理のお話 第22回(チャイコフスキー②『くるみ割り人形』金平糖の踊り|その正体はドラジェ?)

3/3は日本の伝統的な行事の桃の節句で、ひな祭りですが、最近では、ひな祭りを彩るお菓子の1つとして、店頭で金平糖を見かけることがあります。金平糖の語源であるコンフェイトの発祥地であるポルトガルの現在のコンフェイトに見た目が近い商品をひな祭りの特設コーナーで見つけました!(写真参照)

金平糖の日本でのルーツは、安土桃山時代、ポルトガルの宣教師が伝えた南蛮菓子であるとされています。コンフェイトは、ポルトガル語で砂糖菓子を意味するそうです。
当時、南蛮貿易を推進していた織田信長が日本で最初に金平糖を口にしたと言われます。個人的には、日本での金平糖は、とてもシンプルで素朴なお菓子というイメージがありましたが、当時は、砂糖はとても貴重で高価だった為、金平糖は身分の高い人々の間で好まれたようです。現在の日本の金平糖は、カラフルで綺麗な半透明のものが多いですが、日本に伝来した頃のコンフェイトは、白いものだったようで、その後、日本の技術で進化し、今のような形状になったようです。

金平糖と言えば、音楽ではロシアの作曲家チャイコフスキーのバレエ組曲《くるみ割り人形》の『金平糖の踊り』が思い浮かびます。
ロシアの金平糖は「ドラジェ」と言い、ヨーロッパの伝統菓子のようです。《くるみ割り人形》の『金平糖の踊り』は、本場での正式なタイトルは、フランス語で「Danse de la Fée Dragée(ドラジェの精の踊り)」となっています。

金平糖、コンフェイト、ドラジェは砂糖菓子で、それぞれの国や地域で、それぞれの文化や技術によって、現在の形になっているようですが、親戚のようなものと思っても良いのではないかと思います。

金平糖は、祝い事や慶事、また皇室の引き出物等に使われているらしいですし
ドラジェはフランス語で「幸福の種」を意味し、ヨーロッパでも祝い事に使われたりするらしく、どちらも古くから縁起の良い物とされています。
また、ドラジェは、チャイコフスキーの生まれ育ったロシアやヨーロッパ等では、イースターでも食卓を飾るスイーツの1つとしても登場するようです。
イースターというのは、前回作曲家と料理のお話 第21回(ショパン②ドーナツ)の記事でも触れさせていただいた脂の木曜日とも関連が非常に深く、四旬節の前に「脂の木曜日」があり、その四旬節が終わった日に祝われる復活祭です。

実は最近、偶然、札幌の人気菓子店「ろまん亭」で、ドラジェを見つけました!(写真参照)
2026年のイースターは、4月5日(日)です。イースターも近いこの時期に、ドラジェに出会えたことに、個人的に感動しているところです!

そこで、「Tchaikovsky Research」のサイトを確認したところ、チャイコフスキーが1889年11月4日に書いた手紙の中に、チャイコフスキー自身がドラジェを購入したと思われるような記述がありました!

次の文は、その手紙の1部です。

「1889年11月4日
私はいったい誰のために
キャビアを1ポンドも買ったというのだろう?
老いたアポリナリアは、
どの豚を喜ばせるために
わざわざ肉屋まで走って行ったのだろう?
そして、あの趣味の悪いポーランド女(だって、
ラローシュ氏を選ぶくらいだから、
よほど趣味が悪くなくてはならない)
のために、私はボンボンやドラジェを買い込んだというわけだろうか?」

この手紙の受取人は、ラローシというチャイコフスキーの古くからの友人でした。
手紙は、少し冗談混じりで、相手は非常に気心の知れた親しい間柄の人物のような印象を受けます。

チャイコフスキーとラローシとの出会いは、サンクトペテルブルク音楽院のある会館の小さな1部屋で、その当時、ペテルブルクにいた一流ピアニストの1人のレッスンを受講していた時だったようですので、学生の頃からの友人であり、同志として一緒に音楽を学ぶ仲間だったのですね。

チャイコフスキーの弟によると、ラローシは、「ペーチャ(兄チャイコフスキーのこと)にとって、ラローシは、最も賢く、学がある人物の一人」と見ていた友人だったようですし
チャイコフスキーとラローシは、リーズナブルなレストランで、「一緒に飲んで騒いだ」ことを含めて、それ以外のいくつかが、「ペーチャの楽しみの全てだ」という証言があります。
手紙の内容が少し毒舌混じりの文面も、チャイコフスキーとラローシの関係性の親密さを表しているような気がします。

さらに、ラローシが、チャイコフスキーについては、性質が善良で、「受け取ったどんな手紙にも返事を書き、誰にも返事を待たせることはなかった」と語っていることからも、チャイコフスキーの誠実さが伺えます。

《くるみ割り人形》は、彼の3大バレエの中の最後の傑作で、晩年の作品であり、彼の集大成であると言えるとも思いますが
チャイコフスキーを経済的に支えた支援者のメック夫人に宛てた手紙の中に「私の音楽が広がり、その音楽を愛し、そこに慰めと心の支えを見いだす人の数が増えることを、私は衷心より願っています。」という言葉があります。

この言葉の中には、チャイコフスキーの作曲への理念が見え隠れしているような気がしますが、チャイコフスキーの願い通りに、何世紀にも渡って現在まで、彼の音楽が愛され続ける本質的な理由の1つがそこにあるような気がします。(丸山)

オリジナルマスコット大作曲家シリーズのチップ君に仲間が増えました!
チャイコフスキーをモデルにした、実は法務省出身の「ペーチャ君」です!
チャイコフスキーが子供の頃、ペーチャと呼ばれていたことから名付けました!
また、今回、楽曲《くるみ割り人形》に因んで、番外編として、くるみ割り人形も作りました

《くるみ割り人形》の『金平糖の踊り』の題材になった砂糖菓子のドラジェです。
食べるのが勿体無いくらいの見た目の可愛さと、カリッとした食感と優しい甘さが魅力的なお菓子でした!

参考文献:チャイコフスキイ  文学遺産と同時代人の回想 岩田貴訳
参考サイト:Tchaikovsky Research 
ドラジェ購入店:札幌「ろまん亭」

あわせて読みたい「作曲家と料理のお話」シリーズ

・作曲家と料理のお話 第21回(ショパン②ドーナツ)

・作曲家と料理のお話 第16回(ベートーヴェン)

・作曲家と料理のお話 第5回(シューベルト)

・作曲家と料理のお話 第14回(シューマン)

・作曲家と料理のお話 第3回(ドビュッシー)

・作曲家と料理のお話 第7回(ラヴェル)

コメント