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私はさすらいの音楽の先生、ニャンコ先生じゃ。
先生、久しぶりだねー。
どこ彷徨ってたの?おお、サダオ君か。
色々行ったなあ。三角山カンタービレのビリビリ体感演奏も観に行ったよ。何だか分からないけど、続きを話してね。
前回でバッハとピアノについての話は終わって、今回からまた元のピアノの話に戻るぞ。
バロック時代にイタリア人のクリストフォリによって創られたピアノは、改良を重ねて古典派の時代には安定した楽器となったんじゃ。
そこで面白い事が起こる。
それまでは楽器を演奏する趣味なんて無かった貴族が、ピアノを弾くようになるのじゃ。えっ、それまでは楽器を弾くことはなかったの?
ある一部の貴族を除いては、「楽器を演奏するのは楽士ではないか?我々貴族たる者が演奏なんかしないザマス」と、していたのじゃ。
そこに比較的新しい楽器ピアノが入って来て、新しもの好きの貴族達はこぞってピアノを購入するようになる。
まさに貴族のステータス・シンボルになるわけじゃ。
と同時に、貴族の女性達がピアノを習うということが新たな嗜みとされるようになり、第一次ピアノ・ブームが訪れることになった。つまり、貴族でも女性を中心としてブームになった訳だね?
そうなんじゃ。
ただ彼女達は音楽のシロウト。そこで、これを機に古典派を代表するものが誕生することになる。シロウトだから?何だろう?
この続きはまた次回話すよ。
私はさすらいの音楽の先生、ニャンコ先生だ。
先生ー、ニャンコ先生‼︎
おお、夏目か。
違うよ、サダオだよ。
名前間違えるなんて酷いなあ。スマン、スマン。
先生、クイズの答えだよ。
そうじゃったのお。
誰がバッハのチェンバロの曲に強弱記号を書き込んだか?だったのう。
① バッハの息子が書き込んだ。
② 楽譜出版社が勝手に書き込んだ。
③ 弟子の宮澤功行先生がドサクサに紛れて書き込んだ。
④ ピアノを創り上げたクリストフォリが書いた。で、オイラは③だと思うんだ。
残念‼︎
宮澤先生が生まれる前から、書き込まれていたのじゃ。
正解は②の楽譜出版社じゃ。え〜、出版社が勝手にいいのかい?
色々事情があるのだな。
つまり、バッハは生前ドイツでは有名だったが、彼の死後はその作品は忘れ去られていたのじゃ。
その後、バッハが広く世間に知られるようになったのは、ロマン派の時代になってからなんじゃ。何で忘れ去られていたの?
それについてはまた改めて話すことにするね。
ロマン派の時代に彼のチェンバロの曲を出版することになったんじゃが、ある問題があった。
ロマン派の時代はチェンバロに代わってピアノが鍵盤楽器の主流だった。
けれどバッハの楽譜には強弱や速度記号なども記されていなかった。
つまり、音とリズムしか書いていなかったのじゃ。
これじゃ、どう弾いたら上手く弾けるのか分からない。きっと昔だからCDもないから、見本になる音源もないよね。
そう!
だから出版社は、「こう弾けば上手に演奏できますよ」ということで、強弱記号や速度記号などを書き込んで出版したのじゃ。なかなか面白い話だね。
今回は少し長かったのう。
この続きは次回の講釈。私はさすらいの音楽の先生、ニャンコ先生じゃ。
先生、続きだよ。
バッハは沢山ピアノの曲を書いているのに、実はピアノを数回しか弾いたことがなかった、という話だったね?そうじゃったのお。
実はバッハはピアノの曲を一曲も書いていないんじゃよ。
現在ピアノで弾かれている彼の曲は、全てチェンバロの曲なんだ。チェンバロって、ピアノが誕生する前の鍵盤楽器の主流でしょ?
強弱が付けられないから、強弱が付けられるチェンバロ…ということでピアノが誕生したんだったよね?
バッハはチェンバロの曲としてインヴェンションや平均律などを書いたってこと?そうなんじゃ。
あれっ、おかしいなあ。
チェンバロは強弱が付けられないのに、僕の楽譜には強弱記号が付いているよ。
強弱付けられないのに、何で強弱記号が付いているんだろう。
これって、変だよね?いいところに気がついたね。
サダオ君の持っている楽譜に書いてある強弱記号は、バッハ本人が書いたものじゃないんじゃよ。え~、一体誰が書き込んだんだい?
じゃあ選択問題にしよう。
① バッハの息子が書き込んだ。
② 楽譜出版社が勝手に書き込んだ。
③ 弟子の宮澤功行先生がドサクサに紛れて書き込んだ。
④ ピアノを創り上げたクリストフォリが書いた。
さあ、誰だと思う?ん~、難しいなあ。
③かなあ。答えはまた次回としよう。
私はさすらいの音楽の先生、ニャンコ先生じゃ。
先生、バッハとピアノについてだよ。
サダオ君、ピアノが誕生したのはいつだったかな?
バロック時代にイタリア人のクリストフォリによって創られたね。
そうだね。
バッハは何時代の作曲家かな?同じバロックだよ。
だからピアノの作品を沢山作曲してるよ。ただね、バッハは伝説によるとピアノを一回程度しか弾いたことがないとされているのじゃ。
変な話だね~。
じゃあ、彼はピアノを弾かずにピアノの作品を沢山作曲したってことかい?バッハが弾いたとされるのは、彼がベルリンの王宮を訪れている時、ドイツ人の楽器製造者ジルバーマンが、クリストフォリの作ったピアノを真似て試作品を作り、これをベルリンの王様に献呈したものじゃ。
この時バッハは人生初めてピアノを弾いたとされ、この時のバッハのコメントも言い伝えられておる。何て言ったんだい?
「あまり実用的ではない」と言ったそうじゃ。
つまり、バロック時代にピアノは誕生したものの、まだまだ安定した楽器ではなかったんだね。あれっ、だってバッハは沢山のピアノの曲を作っているのに。
安定してないけど曲を作るって何だかオカシイね。その謎は次回に話すことにしよう。
私はさすらいの音楽の先生、ニャンコ先生じゃ。
サダオ君、これまでの説明でクリストフォリが、どのようにしてピアノを誕生させたか分かったかな?分かったよ。
何百年も前の「バロック時代」に今と同じピアノが誕生したのは驚きだね。ただね、現在のピアノとクリストフォリのピアノとは少し違っているのじゃよ。
何が違うんだい?
まず、クリストフォリが創り上げたピアノのエスケープメントでは、同じ音を繰り返し出すには、鍵盤が一旦元の状態に上がらなければ再び打つことが出来なかったのじゃ。
18世紀に入りそれを解消したのが、イギリスの楽器製造会社エラール社だ。
この会社が開発したのは「ダブル・エスケープメント」というもので、この装置が出来ることにより、鍵盤が元の状態に戻る前に再び打つことが可能となり、これにより急速な同音連打が出来るようになった。つまりクリストフォリのピアノだと「ド ド ド ド」だったのが、エラール社製ピアノでは「ドドドド」と早く弾けるようになったんだね?
そうじゃ。
また、クリストフォリのピアノの鍵盤が4オクターヴだったのに対し、「古典派」の時代になり5オクターヴ半に拡大され比較的安定した楽器になったのじゃ。クリストフォリが「バロック時代」に創り上げたから、バッハの弾いていたピアノはずいぶん不安定だったのかね?
バッハとピアノについて説明したいのじゃが、長くなってしまったので今回はここまで。
あんまり長いと疲れるからのお。私はさすらいの音楽の先生、ニャンコ先生だ。
先生~、続き!
サダオ君、ピアノ誕生にあたりクリストフォリが発明したものは何だったかな?
鍵盤から連動したハンマーが弦を叩く構造を「アクション」。
打楽器だから、ハンマーが弦を叩いた瞬間に弦から離れる「エスケープメント」。
残響時間が長いため、音が混ざるのを避ける「ダンパー」。
だったね。よく覚えていたね。
最後のダンパー装置だけど、これが無いと大変なことになるんだ。
サダオ君、右側の足ペダルを踏んでピアノの中を見てごらん。
どうなったかな?弦を押さえていたダンパー装置が、みんな上がったよ!
じゃあその状態でピアノを弾いてごらん。
本当だ!音が混ざってひどいね。
ダンパー装置が無いと、ちょっと濁りすぎだね。
ただね、このペダルは音を引き伸ばせたい時や、指でつなげられない時などには効果的なんじゃ。
長くなったので、この続きは次回の講釈。私はさすらいの音楽の先生、ニャンコ先生じゃ。
先生、続きだよー。
今回もピアノ誕生のために必要な発明をもう一つ紹介するよ。
サダオ君、ピアノの中を見たことはあるかな?沢山の弦が張られていて、まるでハープのようだね。
そうだね。
前回話したが、この弦を下からハンマーで叩いて音を出したのを覚えているかな?テコの原理を幾つも使って、鍵盤からハンマーが叩くまでの機能を「アクション」と言ったね。
そうじゃ。
ただね、クリストフォリが思った以上にハンマーで叩いた音の残響時間は長く、このままでは音が混ざり濁ってしまうんじゃ。
そこでこの濁りを抑えるため「ダンパー装置」というものを開発したのじゃ。
サダオ君、ピアノの弦の上に何か乗っているの分かるかな?何だか太巻を切ったような黒いモノが乗ってるね。
そう、それが「ダンパー装置」なんじゃ。
通常は弦を上から押さえていて、鍵盤を押すとその弦のダンパーだけが上に上がる。
鍵盤が元の状態に戻ると、ダンパーも弦を押さえる元の状態に戻る。
これにより無駄な残響を抑えることが出来るようになったんじゃ。つまり、鍵盤を押していればダンパーも上がっているから音が続くけど、鍵盤を戻した時点でダンパーが弦を押さえるから、音が途切れるってことかな?
そうなんじゃ。
もっと話したいけど、長くなったので、この続きはまた次回の講釈じゃ。私はさすらいの音楽の先生、ニャンコ先生だ。
先生、続きをお願いね。
サダオ君、クリストフォリは打楽器と鍵盤楽器を結びつけたのは何でだったかな?
強弱を付けられるようにしたかったからだね?
そうじゃ。
そのために、彼は新しい装置を開発したんじゃ。
一つは「エスケープメント」。
鍵盤を押すと、様々なテコの原理を使って最終的にはハンマーが跳ね上がり、弦を下から叩いて音を出す方法を発明した。
この仕組みを「アクション」と言う。
じゃがの、打楽器を綺麗に響かせるにはどうすればいいかな?
例えばシンバルだったら?左右の金属皿を合わせ叩くだけじゃ、乾いた変な音しかしないな。
解った!より響かせるには左右を叩きあわせた瞬間に、離さなければならないね?そうじゃ。
そうじゃなきゃ、金属皿の振動が空気に伝わらない、つまり音が響かないことになり、綺麗な音が出ないのじゃ。
太鼓でもそうじゃ、バチで叩いた瞬間にバチを膜から離さなければ、良い音が出ないよね。
そこで先程の「エスケープメント」が登場する。ピアノに戻るんだね。
この装置はハンマーが跳ね上がり弦を叩いた瞬間に、弦から離れるという大切な役目を担っているのじゃ。
エスケープメントが無きゃ、叩かれる弦が振動せず、変な音しかしなくなるからだね?
重要な役割なんだね。
だけど、ピアノのハンマーを実際に観察しても、上に上がって弦に接するところって、見えないよね。気がつくと離れた距離で止まっている。
これ本当に叩いてるの?ハハハ(笑)
それだけ瞬間的に素早く打って離れるから、弦に接するところは目には見えないのじゃ。
クリストフォリは「エスケープメント」の他、もう一つ発明した装置があるのじゃが、それは次回の講釈。私はさすらいの音楽の先生、ニャンコ先生じゃ。
先生、ピアノ誕生の続きだよー。
サダオ君か。
クリストフォリが「強弱を付けられるチェンバロ」を開発するにあたり、それまで通り弦をハジいて音を出す方法では難しかった。
そこで彼は、簡単に強弱を付けられる打楽器を用いようと考えた。太鼓とかだったら、強い弱いは簡単だもんね。
そうじゃ。当時はツィンバロンやダルシマーといった弦を撥(バチ)で叩いて奏でる楽器があったんじゃ。
おそらく、それらもヒントになったんだろうね。つまり木琴の木の部分が弦になった楽器、、というものかな。
そうじゃ。
打楽器と鍵盤の繋がりじゃが、それまでにも弦を叩いて音を出す鍵盤楽器というものは存在していた。
クラヴィコードという楽器がそうなんだが、これは鍵盤の奥に棒状のようなものが付いていて、鍵盤を押すことで棒が上昇して、先端に付いている金属片が弦を突いて音を出す、といった方法じゃった。
この楽器は携帯用で持ち運び出来るサイズであり、音域も狭かった。
おまけに音がかなり小さかったようだ。
これらをヒントとしてクリストフォリはピアノを創り出すことになるんじゃが、この続きはまた次回の講釈。私はさすらいの音楽の先生、ニャンコ先生じゃ。
先生、続きだよー。
サダオ君か。
そうそう、ピアノ誕生の話だったね。
バロック時代の鍵盤楽器の主流はチェンバロじゃった。
チェンバロは弦を金属片で弾いて音を出す…というところまでは話したね。それに対して、ピアノは弦を叩いて音を出すんだね。
そうじゃ。
チェンバロにはひとつ問題があった。鍵盤へのタッチが柔らかくても、鋭くても強弱の差を出すことが出来なかったんじゃ。ということは、一定の音量しか出せなかったってことかい?
そうなんじゃ。
そこで、前回登場したクリストフォリが、チェンバロに強弱を出せるように開発、そして誕生させた。
彼が名付けたこの楽器の名前は「clavicembalo col piano e forte」 訳すと「強弱が出せるチェンバロ」となる。イタリア語だね。
これが略されて「ピアノ」と呼ばれるようになったんじゃ。
じゃあ、ピアノっていうのは強弱のpiano から来てるんだね。
そうなんだ。
さあ、クリストフォリがこの楽器をどのようにして誕生させたのか…については、また次回ね。- 投稿者投稿

