宮澤功行

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  • 返信先: ????疾風怒涛の教育とは⁇#4150
    宮澤功行
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    ≪疾風怒涛の教育 番外編3≫
    アエラwithキッズに掲載された息子の記事の反響が大きかったので驚いています。
    AERA with Kids(アエラ ウィズ キッズ) 2016年10月号

    (読者のW・Mさま)
    アエラキッズ読み素敵なお話に感動しました。
    宮澤先生の子育ては突き抜けています。普通の親はそんな勇気も考えも行動力もなく無理な話ばかりでした。
    なので弦くんやMusicaちゃんのような才能が育つのだと納得しました。
    ご飯のお話も興味深かったです。マイ中華鍋の話は弦くんから聞いたことを思い出しました????、、、素晴らしいお話をありがとうございました????????????
    (A・Hさま)
    私も購入して読みました。(*^_^*)
    子育てにとても大事なご両親の姿勢というのでしょうか、そういうものが弦さんへのインタビューで,お子さんの側から語られていました。
    とても素敵に素晴らしく育たれているMusicaさんと弦さんを見れば なるほど確かにと納得のいく教育方針ですね!
    是非子育て中の方は参考になされば良いのではと感じました。
    ちょっと変わっているお父様とノンビリお母様(^ー^)ノお二人とも熱烈なるお子様のフアンであり、それでも決して手抜きはされない育て方。理想的なんですね(*^_^*)
    “論より証拠 “なので説得力ありありです。
    (A・Tさま)
    先生の当時ですと 誰も考えもしない斬新な考え方と その実践だったでしょうね。今でも しっかりとした信念が必要ですね。

    (その他,沢山の方々から感想が寄せられていますので私信を少々書いてみます)

    *,私の時代は戦後間もない時代でしたから所謂「軍隊上がりorその影響下に育った先生」が多くビンタや棒で殴るのは日常茶飯時、、、今の様な教育方法・コーチングのマニュアルも無かった時代でした。
    封建的な家父長制や先生への絶対服従的体質が根強い世の中の流れでしたから「漫画家,Pianist,小説家,国際人,などには私の方法が最善」と思っても実践するにはかなりの勇気と努力が必要でした。
    『智に働らけば角が立ち情に棹(さお)させば流される』のは夏目漱石時代から同じですから世の趨勢に逆らうのは大変です。

    それ故に「私は皆と違うが自分が信じる方法で育てる」との決意表明を掲げる必要が在ったと思います。
    そしてこれにそって子育て&生徒育ての両方を全く同じスタンスで臨みました。

    先ず(1).時間と空間を超えた教育、、、大多数が時間(現実)、空間(自身のテリトリー)を越えられないで現実を這い蹲って,あるいは現実に飲まれて生きています。

    ⑵.子供の点数にこだわらず偏差値よりは(変だ値)を重視、、、大多数が点数にこだわり結果的にスケールの小さな人間に育ててしまっています。

    (3).旅の活用(Mozartの《旅をしないと人間ダメになる》に習う、、、遊びの旅が大多数で何か確り目的・目標のある旅は少数派。

    ⑷.自立・自尊・自己責任・型の欧米では主流の子育て、、、日本的教育は甘えの構造で出来ていますから他力・他尊・無責任に陥りやすいです。

    ⑸.教育投資・教育奉仕を否定し新たに教育消費を実践,子育てに関する全てを楽しく,愉しんでする、、、経済合理主義あるいは拝金主義に迎合する人には教育消費という考えは思いつきません。大多数は子供に対して教育投資という考えです。

    ⑹.私の両親はVocabularyを選び全く叱る事無く育ててくれましたので,これも倣いました。つまり子供のフアンになる決意。、、、コーチングや近代教育法を知れば叱ることは全く皆無で子供達との良い関係が築けますが世の中はこの反対。
    引きこもりの若者が70万人がこの事を証明しているかも??

    *、アエラwithキッズで息子がこの教育の結果を語っているのが嬉しいです。
    Pinoの分野では例えば干野宜大先生の様に幼少時代の才能が他と全く違い飛び抜けている子供達には当時の方法論ではチエルニー30番・40番・50番・ケウsラーやモシェレスの練習曲それから????????Chopin&Lisztの練習曲をして、、、それからやっとメフイストワルツ、数年後にRachmaninoffが常識でした。あの時代に私は才能ある干野宜大先生には小3でメフイスト、そして小6でRachmaninoffのピアノ協奏曲3番です。
    この既成概念を突き抜ける方法がPTNA指導者賞35回につながっているのは言うまでもありません。今はこれが常識に変わってきています。

    *それにしても上には上、、、下記に掲載のNewsを読むと私以上のチャレンジャーも世の中にはいました!!
    http://ddnavi.com/news/320587/a/
    600万人が選んだ無料ニュースアプリ『SmartNews』
    http://bit.ly/smartnews-app

    返信先: ????疾風怒涛の教育とは⁇#4127
    宮澤功行
    モデレーター

    《疾風怒涛の教育(番外編 2)》
    日暮し硯(スズリ)に向かってい無いので,久し振りの投稿になります。
    昨日,東京から我が家の特殊で変わった子育て方法が掲載されている本が発売されました。

    AERA with Kids(アエラ ウィズ キッズ) 2016年10月号

    多分,何%かは宮澤夫妻の子育ての方法を知りたいと思っているのかも知れません?。
    なぜなら人生で最も重要である筈の子育てに悩み失敗している人達が余りにも多過ぎるからです。
    良いヒントになればと思い《疾風怒涛の教育》の連載をしていますが疾風怒涛の教育を参考にしたとしても,矢張り何となく上手く行かない人達は沢山います。
    何故でしょうか??その理由を少しあげてみます。
    ①世の固定観念に囚われ縛られていて,その教育の考え方がこびり付いている人。
    ②既成概念からはみ出す勇気が無い人
    ③冒険や夢へのリスクを恐れ「安心・安定・安全」が一番と考える人
    ④経済的な価値観を全てに優先する人
    ⑤失敗する前に心配過多。リスクや不平不満ばかりが先に出てくる人
    ⑥出来ないと決めつけ出来ない理由と理屈ばかり述べる人
    ⑦夢・憧れ・理想を強く持たない人
    ⑧何よりも「努力」を余りしたくない人
    ⑨その他,色々あると思いますが一回限りの人生を私の様に考えて歩むと人生は面白い事は間違いないです。

    *、最近の疾風怒涛の教育の成功例(これは共産国家だったソヴィエトでは絶対に不可能だった事々です)。
    《一昨日,松谷直巳くんが無事モスクワに到着しモスクワ音楽院の寮に入りました。 取りあえず試験までは一人部屋で、毎回モスクワでお世話になっている小林さんが両替や携帯電話、その他日常で必要なものなどのショッピングにお連れして下さいます。
    今日モスクワ音楽院に行き入試に向けた説明などを受けることになっています。

    そして一夜明けた今日ロシア語を習得するための予備科に合格し,合わせて行われたピアノ科に向けての演奏試験でモスクワ音楽院のピアノ科合格への力量が認められました。》との報告Messageを受信しました。

    *、現在モスクワ音楽院ピアノ科主任教授のピサレフ氏招聘から約20余年。
    モスクワとコツコツ積み重ねてきた音楽交流が増田先生始め関係者の御尽力で完璧な形で発展している事が大変嬉しいです‼️
    ????????????札幌Conservatoire????から館石侑里香ちゃんに続く二人目のモスクワ直接留学です。
    ????????不可能を可能にしていく教育こそが疾風怒涛の教育の根底です。
    松谷くんのお母さまから
    【宮澤先生
    おはようございます。昨日、直巳から試験に合格したと連絡をうけました。初めての海外にもかかわらず無事に到着し全てがスムースで,安心して試験を受ける事ができ、今回お世話になりました増田先生はじめサポート頂いた皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。
    そして、何より宮澤先生の存在がなければ決して実現する事はなかった事です。本当にありがとうございました。
    これから直巳には、宮澤先生の様に夢を実現出来るチカラを持っていける大人になってほしいと願っています‼️、、、、松谷】とのMailを受信しました。

    返信先: ????疾風怒涛の教育とは⁇#4093
    宮澤功行
    モデレーター

    《疾風怒涛の教育(番外編 1)》
    PTNAコンペテションで金賞・一位の先生には特別指導者賞のCommentを求められPTNA機関誌に掲載されます。
    字数が決まっていますので字数に納まらない分を書き込んでみました。
    私は「F級・三田有輝也とアミューズ有田医師」の二人についてです。
    【三田有輝也君は棚瀬美鶴恵先生の愛弟子で先生の精緻で音楽的なLessonにより大きく成長されこの度,金賞を受賞されました。
    セカンドオピニオン先生の私は通常のレッスン以外に彼の内面的変化を考え昨年モスクワ中央音楽院のオフチニコフ学長をモスクワに訊ね有輝也君のレッスンをして頂きました。
    その後Tchaikovskyの故郷クリンの春音楽祭でミニリサイタルを行うなどの体験を積み重ねることで性格も明るく積極的に変わり,それと共に音楽も本質的なものへと飛躍して行きました。
    (可愛い子には旅と試練)と云うテーマは私の(疾風怒涛の教育)の根底に流れていますが「実体験型音楽研修旅行」に連れて行き本当に良かったとの想いを彼の演奏を聴きながら振り返っていました。
    弾き終えたロビーで「棚瀬先生と私と三田君の三人で求めてきた音楽を立派に表現できた事が賞を超えて嬉しい、、、」と伝え会場を跡にしました。

    一方,グランミューズ第一位の有田医師はその昔,私が手掛けた上杉春雄(神経内科医)東京サントリー大ホール・デビューリサイタルの影響で当音楽院へ入られました。
    これは日本で初めて(医師とピアニスト)二つのプロの誕生として各種マスコミに取り上げられました。
    この大成功を収めた先生としての物語を経て故・福田靖子先生にアミューズ部門を世に先駆けて開催する事を提案し,第一回を先生とご一緒に審査した事は今でも私の懐かしい想い出の一つです。
    有田医師は私の思い入れの強いこの部門に6年間挑戦し今回第一位になられましたが,優れた演奏を希求し粘り強く学ぶ姿にいつも敬意を表しています。
    三田君と有田医師への受賞を感謝しPTNAの今後なお一層の発展を祈念申し上げます。
    上野学園大学客員教授
    PTNA評議員・札幌コンセルヴァトワール院長;宮澤功行】

    私は35回目の指導者賞の授与をPTNA(全日本ピアノ指導者協会)へ心より感謝しています????
    今年も都道府県・参加者の素晴らしい演奏に接し大変勉強になりました。
    参加することに最大の意義があるのはOlympicと同じですがCompetition(コンクール)である以上,結果が思わしくない級については(どのProcessに問題があったのか?)を反省して今後の生徒指導に役立てたいと思っているところです。
    私たちピアノ指導者は生徒に秘められている才能を引き出し開花させる役割りを担っています。
    なので毎年結果を冷静に受け止め,それを精査して次なる挑戦への糧にしています。
    善し悪しを決して他のせいにせず自身の中に受け止めて前進してきましたので審査するより私は常に挑戦者でありたいと思っています。
    この魂無くして来年の36回目はあり得ません、、、明日からは毎日学生コンクール等まだまだ続く挑戦者の旅が始まります。

    返信先: ????疾風怒涛の教育とは⁇#4038
    宮澤功行
    モデレーター

    ≪《疾風怒濤の教育 (クオーレ.3)》
    ~~持つべきは良き友・素晴らしい生徒は人生の宝もの~~
    お盆に音楽院の鍵が故障し,練習中の生徒が中から出られなくなる場面がありました。
    鍵屋の友達にTelしたところ自宅でお盆休みを過ごしていたにも関わらず,直ぐに駆けつけて生徒を救出してくれました。
    この間,約1時間半です。(持つべくは良き友)を改めて実感した日でした。
    丁度,神吉ひかるチャンが音楽院に来ていたので目の前で「人つながりの大切さ」を理解してもらう事も出来ました。

    齢(よわい)を重ねるにつれ浮かび上がる涙と共に味わった心(Cuore)の物語の続きを少しだけ箇条書きにしてみます。
    ①奈落の底に突き落とされた私を絶望の淵から救済して下さった桐朋学園の恩師達の偉大な心。
    ②札幌コンセルヴァトワール校舎新設と未来への先駆けとして「上杉春雄ピアノリサイタルと3枚のCD発表」⇒「医師とピアニスト」二つのプロフエッショナル誕生の物語を東京のサントリー大ホールで行った際に全力で助けて下さった恩師の息子さんの心。
    ③プラハ国際コンクール審査員に陽子先生と出かけた際にパリでプラハ行きの飛行機が雷に合い5時間以上遅れたことがありました。
    旅慣れを過信し生憎,プラハ空港で出迎えてくれる3人の生徒の連絡先などを失念しガーン状態。
    陽子先生とプラハ空港のロビーで一夜を明かす覚悟でパリを発ちました。
    ところが到着したプラハ空港の到着口には「宮澤先生~~と手を振る6つの瞳が!!」、、、何と真夜中の真っ暗な空港ロビーで5時間半待っていてくれたのです。
    私には6つの瞳が小説「24の瞳」以上の瞳に思えました、、、この時の3人の瞳と心は今でも忘れられません。
    ④音楽院の研修旅行で生徒達を連れて行く事を知らせたところ200Km先から「私とフランクのピアノ五重奏曲を共演し生徒の皆様に演奏のプレゼントをしたい」と駆けつけてくれたシュターミッツ弦楽四重奏団の心。
    ⑤書き出したら限りなく瞼を過ぎるこの様な「心」の物語は自分の子供と生徒たちの為に矢張り書いて残したいと思っています。なぜなら人は一人では何も出来ない存在だからです、、、
    夢も希望も憧れの実現も日常的な人と人との関係性に於いて初めて可能になり実現することだと思うからです。
    ⑥もしかしたら「疾風怒涛の教育を掲げて頑張っている私の姿」を周りはいつも不安に思い心配していたのかも知れない??と思う今日この頃です(笑)

    返信先: ????疾風怒涛の教育とは⁇#3960
    宮澤功行
    モデレーター

    《疾風怒濤の教育 (クオーレ.2)
    〜〜人生は全て涙の恩返し〜〜
    齢(よわい)を重ねるにつれ浮かび上がるのは涙と共に味わった人と人との心(Cuore)の物語です。
    私に文才があればと,その感動を小説にして伝えられないもどかしさを感じ,悔やまれます。
    何故なら私の体験した事ごとはどれもが一冊の小説になる様な話しばかりですから。
    最近は前回のCuore,1に書きました私と偉大な調律師・多米 実さんのお話です。
    詳細は1に書きましたので割愛しますが公の仕組みを変えるのは一筋縄ではいきません、、、意見を述べても(仕組みは変えられません)との返事で跳ね返されます。
    今回も試しに下記の意見をキタラに送信しました。
    ————————————————–
    【お問い合わせ項目】Kitaraに関するお問い合わせ【氏名】宮澤功行
    【会社・団体名】札幌コンセルヴァトワール
    【お問い合わせ内容】
    謹啓:キタラ館長様へ
    前略ご免下さい。以前(約10年前)キタラ館長にお手紙を,そしてキタラ掲示板にお願いを書きました宮澤です。
    私の意見の詳細に関しては長くなりますので(https://conservatoire.fcg.world/)の掲示板(疾風怒涛の教育とは「クオーレ,1」)をお読みください。
    この件につきましては秋元市長にも同様の意見を文書と共にお渡ししています。
    今私のFacebookやBlogの書き込みを読んだ方々からSNS上でキタラのピアノ調律の際に『スタインウエイ最高のマイスター資格を取得している多米実さんにYamahaの若い調律師が常に見張りをする構図事態が狂っている事と,その上,多米さんに調律を依頼した場合,この見張り料も払うため調律代が二倍かかるというのも狂っている』と云う二点にしぼり,このサイトで署名を求めてはどうでしょうか?( https://www.change.org/ja )』というAdvice頂いていますがSNSで札幌の恥を世界に晒すことは避けたいので躊躇しています。
    又,ネットを読んだ東京の調律師さんからこの件に関して『東京や横浜の大ホールでは見張り料など存在しません。 此れはほぼ多米調律師へのピンポイントの嫌がらせ、エルム楽器の独占癒着会館(キタラ)に限るお話しなのではと確信しております。YAMAHAミュージック札幌すらキタラを締め出されたと云う噂が東京で流れていますがキタラの様な立派なホールをいちYAMAHAのお店が牛耳る事,事態がおかしな話です。etc…』とのMessageを頂きました。
    この問題はYAMAHAが悪い訳では無いのですが全くもって札幌の恥です。
    私が北海道支部会長を務めているPTNA全日本ピアノ指導者協会ではこの度,多米 実さんを北海道文化功労者に推薦させて頂きました。
    この件の改善・改革をどうか宜しくお願い申し上げます。 敬具
    上野学園大学客員教授・全日本ピアノ指導者協会評議員&北海道支部会長
    札幌コンセルヴァトワール院長:宮澤功行
    ————————————————–
    この文章の他にも札幌市長,副市長,局長にも偉大な調律師・多米 実さんの魂の救済についての意見書をお渡しし,意見も述べさせて頂きました。
    その結果20年以上変わらなかったキタラの調律師システム(仕組み)が大幅に変わることになりました。
    具体的な発表は一週間後ですが先ず多米さんは自由にキタラで調律師としての仕事が出来るようになりました。
    そして多米さんに調律を頼んでも多米さんを見張るYamahaの調律師の分と二倍支払わなければならなかった調律代金が多米さんの一人分でOKになりました。
    何よりもエルム楽器が独占していたキタラのピアノを井関楽器店も入れることになりました。その他諸々のキタラ改革が大幅に為される事になり札幌市民のみならずキタラを使用する音楽家にとって最高の形になることになりました。

    *,皆んな可笑しいと解っていて,多米さん個人への嫌がらせと言うことも解っていたのに(臭いものに蓋、さわらぬ神に祟りなし、何か言うと面倒、自分には直接関係無い、、、etc)と言うことで20年以上変わらなかったキタラのピアノ調律システムが変わり良くなって行くことが私は大変嬉しいです。
    この事について多米さんから何度も私へ感謝の電話が有りました。
    他人の不幸には我関せず自分のことしか眼中に無い利己主義者が万延する中で私は多米さんが20年に渡り理不尽な目にあってきた事に最早沈黙しては行けないと思って行動した訳です。
    自分のことや立場がたとえ危うくなっても50年培ってきた多米さんとの男の友情、信頼、尊敬仕合い,高め合う心の方が私にとっては大切でした。
    文章力はいたりませんが結果は全てにおいて素晴らしいです。
    何もしないで良い子ぶりっ子を極め込んでいる自分を許せなかった今回の行動なのですが矢張り行動して良かったと思います。
    応援してくれた方々と心配しながら見守ってくれた方々へ心より感謝致します????

    *.この歳でまたまた(疾風怒濤)の魂になってしまいましたが《もし北海道で私が疾風怒涛を掲げなかったら頭で描いた音楽教育上の理想や夢は何一つ成就できなかったと思います。つまり疾風怒涛はあらゆる分野で既成概念を超えた新たな世界を世に示していく精神であり魂の事だと思っています。*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)’・*:.。. .。.:*・゜゚・》

    返信先: ????疾風怒涛の教育とは⁇#3920
    宮澤功行
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    《疾風怒濤の教育 (クオーレ⇨Cuore 心)》
    現在,私は日々Muses(音楽の神々)に仕え札幌を愛し,キタラを愛する札幌市民の一人として暮らしています。
    昔,味わった理不尽極まりない仕打ちも全て乗り越え今や苦悩や絶望の痕跡すら感じさせない幸せを享受しています。
    素晴らしい家族と生徒に恵まれ音楽をする理想的な環境の実現は正に高校生時代の私の夢物語の世界です。
    なので私自身は札幌市と私を取り巻く全ての人々に感謝して生きています。

    But齢を重ねた現在,理不尽な仕打ちや虐めにあっている尊敬する人達の現況に可能な限り手を差し伸べたいと思うに至りました。
    何故なら今在る自分はそういう人達が支えてくださったからにほかならないからです。
    その一人に私が尊敬して止まない調律師の多米 実さんの抱えている問題があります。
    この問題の経緯について要約しますとキタラ開設時からピアノの調律はYamahaのお店であるエルム楽器が独占しています。
    同業他社の入札も参入も受付ずですから客観的に見ても6台在るドイツのピアノを日本のYAMAHAのいち小売店の調律師のみがキタラの調律を行うこと事になっています。全く可笑しい話しです。
    そして何よりも技術者やピアノ業者間の競争原理が全く働かない事態を20年に渡り続けている異常な体質はその楽器店とキタラの癒着さえも疑わせている事です。
    そしてこの事以上に私が許せないのはスタインウェイピアノの最高位の技術マイスターの資格を取得している多米 実さんに調律を依頼した場合,一切調律をしないでただ多米さんの調律を見張っているYAMAHAの見張り役が常にそばに居ることです。
    その上全く調律をしないその見張り役の代金も多米さんの調律代金とは別に演奏者が支払わなければならない事。
    つまり調律代金を二倍払わなければならない仕組みが今尚続いていることです。
    つまり偉大な多米さんに調律を頼んだ場合、演奏者はいつも二倍の調律代金を支払わなければならない理不尽な状況が続いているのです。
    此れでは二倍払って多米さんに調律を頼む演奏家は居なくなりますよね。
    此れは多米さんへの嫌がらせでありキタラ側が会館としての権力を振りかざして多米さんを虐めている様にしか見えない仕打ちだと私には思えます。
    (勿論,多米さん以外のKawaiなどに対しても同様の仕打ちがなされ続けています。)
    会館開設当時,札幌市のオンブズマンがこの可笑しな問題を改めるよう訴えましたが無視。
    私もキタラ館長に改めるよう手紙を書きましたが(仕組みがそうなっているから変えない)との返事を受け取りました。
    多米さんの人間として,又長年培ってきた技術者としてのプライドもズタズタに傷つくこの様な事態を私は矢張り見過ごすことが出来ず秋元市長に文章と共に直接改革改善をお願い致しました。
    その結果(市長から業務改善命令が出たからスタインウェイの代理店・井関楽器店をエルムの他にキタラに入れるようにした、、、この事は会館始まって以来の大改革)との報告を受けました。
    ところが多米さんへの調律に関しては一切変わらずで相変わらず見張り代金も徴収するとの事です。
    私が変えて欲しい肝腎要な事は全く変わらないのです。
    こんな仕組みが続いている事は大変可笑しいと思いませんか??
    良い仕組みは残し誰が見ても,また客観的に考えても悪い事は改革改善をして行かなくては札幌市の明るい未来は築けないと私は思います。
    札幌市の職員キタラの従業員が市長の改善改革命令に従わない事も異常事態です。
    行政能力を問われることだと思います。
    私は尊敬する多米さんの技術者としての魂の救済のために微力を注ぐ決意をし,この事を再度,秋元市長と局長に訴え新聞社へも投げ掛けてみました。
    此れで変わらないなら愛する札幌市に暗雲が立ち込める気がしています。

    返信先: ????疾風怒涛の教育とは⁇#3789
    宮澤功行
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    ≪疾風怒涛の教育 (学園紛争)≫
    全学連と機動隊の闘争⇒「新宿騒乱・浅間山荘事件・安田講堂事件・etc」は私の青春(学生時代)の出来事です。
    音楽の存在意義は「政治・思想・宗教・民族を超えるところに在る」と云う信念の元,これらに一定の距離を置いていた私でさえも闘争の渦中に危うく呑み込まれそうになった時代でした。

    新宿の青梅街道の歩道橋で全学連と機動隊の戦いに遭遇した時には歩道橋に投石が飛びかい,やがて機動隊の催涙弾が小田急デパートの壁面に放たれ,新宿駅が火炎瓶で燃え盛る、、、今では考えられない時代だったと思います。
    日本史・世界史・音楽史を得意科目としていた私には右系を徳川方とすると左派系の豊臣方が敗れ駆逐されて行った時代に思えました。
    なので私的には今は昭和の関ヶ原の戦いに勝利した阿部将軍の時代。
    鎖国の伝統を守りシリア難民受け入れは数人で江戸城の金庫はカラ(笑)。

    この社会的な闘争とは全く異なりますが大学4年の時,桐朋学園でも旧体制側(恩師の井口愛子・井口基成・斎藤秀雄・etc)と桐朋の近代化を目指す新体制側のO教授・T教授側に分かれ激しい対立が学内で生じました。
    恩師に頼まれ私はその間に立って意見を調整して行く役割を担い,双方の激しい口調(喧嘩⇒ヘイトスピーチ)の言い分を聞く事態に直面しました。
    結局「感情論は理論派に負ける」形で恩師の井口愛子教授は桐朋を辞め東京音大へ迎えられる事になりました。
    その結果,一緒に東京音大に迎えられた門下の(野島 稔,弘中孝,鷲見加寿子,菊池麗子、etc)の各教授や学長は東京音大を飛躍的に発展させ桐朋に負けない学校に発展させるに至りました。

    残念ながら日本では学校法人を隠れ蓑に大学始め学校法人の不祥事が絶えません。
    経営者が欧米の隠し口座などに脱税しつつ職員給料をカットをし,労働組合作ろうとした教員は排斥されたり。
    学校は学内問題や不祥事は隠ぺいし外に出ない様に庇い合いますから週刊文春や新潮に掲載されるには至らない場合が多いにも関わらず最近でも北大・東大を始めとした不祥事のNewsが時折流れます。
    歴史は繰り返され最近も某音大の性悪先生の不祥事がIT上で拡散されたり、経営側と教育現場との対立が実際の教育に影を落としている大学などが沢山あります。
    渦中に居る私は常に手塩にかけて育てた生徒を預ける大学に自浄作用を求めたい気持ちでいます。

    そんな中,恩師と共に東京音大へ行った諸先輩とは一線を画し私は疾風怒濤の精神での音楽教育改革をとの思いから札幌Conservatoire????を創設し現在に至ります。
    私の疾風怒濤の精神に対して「現実主義者」との闘いが今では懐かしい思い出ですが,こん日こそナポレオン的人材の登場が渇望されている時代は無いように感じます。
    若手実力派の音楽家が学園紛争などの事態に直面した際に取るのは「個人主義的な態度で我関せずで済ます」か「保身に走って体制側に媚びるか」のどちらかです。
    体験上,経営側に意見・文句・問題点を述べた結末は「首」です。

    なので彼らには少しの勇気と実行力と決断力を持って音楽教育の理想と自己実現を目指した札幌Conservatoire????の様な音楽院を全国各地に創設して欲しいと願っています、、、なぜならそうでもしないと世の中は変わらないからです。
    齢(よわい)を重ねるにつれ札幌Conservatoire????を創設して本当に良かったとの思いがつのります。
    なぜなら此処,澄川に常に「音楽教育と音楽の理想を実践する場」が在るからです。

    返信先: フリートーク#3746
    宮澤功行
    モデレーター

    皆様の書き込みはいつも大変為になります。有り難う御座います。

    返信先: ????疾風怒涛の教育とは⁇#3745
    宮澤功行
    モデレーター

    ≪疾風怒涛の教育 (私塾)≫
    私が音楽家としての教育を授けられたのは「桐朋学園大学ピアノ科」で師事したのは桐朋の音楽科を創設した「井口基成・井口愛子・斎藤秀雄」と室内楽の小林武史の4人の教授です。
    戦中,西洋音楽は禁止されていたので戦後に創設された桐朋の先生方の目標は「世界に追いつき追い越せ」でした。
    学校の方針は「少数精鋭の才能教育に特化」で,特訓を重ね「欧米に出しても恥じないレベルの音楽家を育てる」のを目的とし,それが教育の中心に据えられていました。
    学生には教授か講師が一人レッスンを担当しますが私の学年はピアノ男子が私一人でしたので4人の教授に様々な音楽上の特訓レッスンを受けるという大変恵まれた学生時代を過ごしました。
    直接の担当の井口愛子教授はレッスンの帰りには毎回お菓子や果物を持たせてくれて時々ご馳走をして下さったり、、、今の音大では考えられない教育を授けられたと思います。
    その教育形態は日本文化の偉大な伝統を形成した私塾を思わせるものでした。
    江戸時代の私塾は教師の自宅が教える場で寺子屋と同じく「教師と経営者とが同一人物」です。
    桐朋学園に間借りする形で創設された桐朋の音楽科は学校法人として「教育者と経営者」が一応分離していましたが当時の桐朋学園の実態は正に私塾の様でした。

    Wikipediaで調べると日本の私塾が成した功績の偉大さが良く解りますが通った頃の母校・桐朋に似ているとして私が憧れたのは下記の私塾です。
    先ずは本居宣長の「鈴の屋塾」、緒方洪庵の「滴々斎塾」、石田梅岩の「心学舎」、そして有名な吉田松陰の「松下村塾」などです。
    その後札幌へ帰り桐朋で受けた私塾の様な教育をとの思いに拘り札幌コンセルヴァトワールを創設し,夢と理想を掲げて頑張ってきての今日です。
    小さな小さな私塾の様な音楽院ですが他では考えられない素晴らしい成果を挙げ続けているのはご存知の通りです。

    やがて多くの生徒達を母校に送り娘も両親の母校でと考えていましたが創設者の次の代の理事長が富山県に桐朋の大学院大学を創る事に絡んで10億円の詐欺を働いた事件が起き娘Musicaを母校に送ることを止め直接留学させることに決めました。
    当初,母である陽子先生の学んだウイーンへと考えていましたが娘自身がフランス音楽を学びたいとの決意を示したので急遽Parisに留学先を変えました。
    結果はMusicaのプロフイールに書かれていますので割愛しますが大成功を収めました。
    母校の詐欺事件は悲しい出来事でしたが学校法人を隠れ蓑に私利私欲を肥やす理事長・理事の類が日本の音大の質の低下を招いています。
    今日も日本の音大が抱える本当に残念なNewsに触れ開いた口がふさがりません。
    教育理念を失った教育機関(大学)は拝金主義者の餌場の様にさえ感じます、、、。
    音楽教育や音楽家の仕事は形が無いだけにどう考えても経済合理性には相容れず,割り切れもせず,薄給や重労働(練習)にもかかわらず安いギャラに甘んじて仕事をしている側面があります。
    少子高齢化の加速により需要と供給のアンバランスも物凄い勢いで膨らんでいますから経済的な側面だけを考えるなら矢張り医師や他の職業に就かれるのが賢明な選択なのかも知れません。
    そうした社会状況にもかかわらず「形の無いところにこそ物事の本質が在る」と信じて頑張っている音楽家を裏切るような仕組みはやはり改めて行かなければと思う今日この頃です。

    返信先: フリートーク#3657
    宮澤功行
    モデレーター

    皆さんの書き込みを読んでいるだけでも面白いし勉強になるのでもっと多くの人々にこの掲示板を読んで欲しいですね〜〜。そのideaを大歓迎します。

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