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宮澤功行モデレーター≪疾風怒涛の教育 (一所懸命)≫
他の分野と同じくPinoの先生とPianistの生き方も多種多様。
その仕事の形態はA(演奏家として全国各地や世界を飛びまわって仕事をしていくスタイル)とB(都道府県の地域に腰を据え仕事をしていくスタイル)の大きく二つに分かれると思います。
もちろんこの中間Cもあります。
若い頃の私はもちろんAで少し歳を取ってからはC。今はBです。欧米の音楽家と話していて面白いのは彼らは多民族であり,そのルーツは狩猟民族だと云う事です。
優秀なユダヤ人音楽家でさえジプシー(ロマ)型のマーキングスタイルで教育も演奏もしながら世界各国を渡り歩きます。
私も学生時代はそのスタイルに憧れ自分もそうしたいと頑張っていましたが,直ぐに日本人には矢張り少々無理が在る様に感じられ私は逆の生き方を考える様になりました。
元来,病弱で身体が弱かったのもありますが,ひとつの所で頑張るスタイルを取る決意をしました。
これが札幌コンセルヴァトワールのもう一つの成り立ちの側面です。
一所懸命はやがて一生懸命という漢字になりますが元々はお百姓さんがその土地を動かず(種子から実に成るまでを育て上げていくスタイルの生き方)から誕生した言葉です。学生を終えた頃は自分を鍛え上げそれなりの立場を築くのに無我夢中でしたからジプシースタイルであらゆる仕事を引き受けてこなし,それが音楽家の生業と思い込み生活をしていました。
それが才能の浪費・体力の消耗につながるとは夢にも思わず,考えもしないで闇雲に頑張っていた時代が結構長く続きました。やがて札幌に居を構え個人的な音楽教室を始めた頃に出会った音大教授から「宮澤さん種から育てるよりは成った実を美味しく頂く方が簡単で手っ取り早いよ」「学生の演奏に駄目、、、響きが悪い、、、音楽性に問題ありと減点法で問題点を言い続けていたら自分の権威や地位は安泰だし、、、大学に来ない??」等と誘われた時には思わず「ムムムム、、、」と返す言葉を失いました。
桐朋学園大学に入って音楽家として育てて頂いた私は,その他の社会の構造(ヒエラルキー)問題や音大の仕組みの歪みなど知る由もなく社会に飛び出ましたからビックリです。
一瞬にして北海道の音大に進学させる意欲が失せてしまいました。
なぜなら大切に育てた生徒たちを食い散らかされるのは嫌ですし,教授の諸々の発言から育てると云う概念や責任感を全く感じなかったのです。
音大の教授は預かった生徒が伸びないのは「生徒に才能が無いから」「昔の先生の指導が悪かったから」。
結局,教授自身はそれで安泰という図式。個人でピアノ教室をスタートさせた場合,この図式は全く当て嵌まりません。
生徒がコンクールや入試に落ちた場合「その原因は先生の指導に問題がある場合が多い」のに直ぐ気付かされます。
つまり大学の教授と真逆の考えで無ければ直ぐに倒産、自分自身もつぶれて行きます。当初は反省と自己批判の毎日です、、、。
落ちたり失敗したりを決して生徒や親の責任に回避することなく生徒と一緒に涙し・笑い・怒り、、、の連続。
生徒の演奏の失敗・音楽的な未熟さの一端は自分にありと考えながら今までとは異なる前衛的な音楽解釈で世に打ち出して行きました。
自身が生徒と共育していった懐かしい日々を今でも時折想い出しますがその結果として40数年間,各種コンクールで上位入賞を果たしています。
PTAN指導者賞も34年間連続受賞です。今日も朝から生徒達とピアノに向かいより優れた演奏と音楽を求めて格闘していましたが創造的な仕事は本当に楽しいです。
今は私にこの様な日々を授け与えて下さったMuses(音楽の神々)に深謝する毎日を送っています。
宮澤功行モデレーター《疾風怒濤の教育 (ピアノを糧に築く人生)》
札幌Conservatoire????にはその一つひとつの出来事がまるで小説になる様なことも沢山あります。
生老病死の深い問題にも日々直面します。
人生は色々ですがやはり人がより良く,そして力強く生きて行く上では決して点数やお金に換算する事が出来ない芸術(音楽を含む)の勉強が絶対に必要だと益々感じています。今,長年取り引き関係にある北洋銀行から『全てのローン完済なので土地建物の抵当権を外す手続きをさせて頂きます。云々、、』と電話がきて心の中で思わず万歳しました。
私は昔の男なので男は外で働き無条件で妻子を養うべきと考え一生懸命働いてきました。
教育ローンなどは一切借りずで頑張ってきましたのでお金は其れ程貯まっていないのにとっても幸せな毎日を過ごしています。
昨晩も打上げの後で山下先生が『私のこん日あるのは全て宮澤先生のお陰です。なので師事した先生も宮澤先生しか書かないことにしています。先生に本当に心より感謝しています』と私の手をもの凄い力で握手してきました。握手の力よりも彼の言葉に思わず涙目になりました。
長い年月で築かれた決してお金では割り切ることが出来ない心、人の心情の奥底に触れられた私は本当に幸せ者です。
昨晩の打上げではワインを8人で赤白二本だけなのに疲れていたのか酩酊してバタングーでした。
そうして迎えた快晴の朝????カーテンの隙間から陽がさすなか隣の寝顔に癒されつつ爽やかに目覚めました。
もし隣に????????陽子MAMAが居なかったら私の人生は無機的な淋しさに耐えられずとっくの昔に破滅したなぁ〜と,つくづく思います。
なので私は存在そのものが偉大な女性を尊敬し崇拝して毎日を暮らしてきました。
そして共に音楽を生業として築いてきた人生の結果に大満足、日々幸せを感じて生きています。
????????陽子先生と????音楽院の講師の皆様には感謝の言葉以外みつかりません。
ピアノを通して良き妻、良き母を目指すもよし、ピアノで幸せになった私の人生を参考に????音楽院の講師と生徒の皆さまに幸せになって欲しいと願う毎日です。
宮澤功行モデレーター≪疾風怒涛の教育 (信用・信頼について)≫
一介のピアニストに過ぎなかった私が今の音楽院の校舎建設も含め方針・理念を導き出したのは20代の頃です。
でも実際に社会に出て活動を始めると余りにも多種多様の難題・問題が我が身に押し寄せ,とても今の建物を建設するのは無理と思い知らされました。
理由は①病気の母と祖母などを抱え大家族の中で暮らしていた事。②大学を出て直ぐなので預貯金はゼロ。③土地も無し。④夢や理想を語れども現実を直視した者達の意見でことごとく潰され賛同者はゼロ。⑤両親に資産は無かった。⑥働けど働けど日々の生活に追われ建設資金は全く貯まらない状態が続いた事、、、etc。私がこの様な状態だった事を考えると当時の反対者達の意見は常にごもっともだと思います。
にもかかわらず札幌コンセルヴァトワール建設に漕ぎ着けたストーリーは最初の疾風怒涛に書いてありますので割愛しますが実際に音楽院が完成した時には胸が震え感動感激の涙が頬を伝わったのを今でも想い出します。
99%の反対で音楽院建設は叶わないと諦めていたのが我が人生の結晶として此処(札幌市南区澄川4条2丁目16-1)に建ったのですから札幌コンセルヴァトワールに今でも強い愛着を感じています。なので私は日々此処でピアノと向き合っている事自体が嬉しいのです。
こうして毎日,生き生きと明るく????Pianoの練習とLessonを続けていられるのはただ単にピアノが好きと云うだけで無く,全てを一から考え自力で築いてきた人生だからだと思います。この建物が完成して30年経っているのに外見も中も全く新しい感覚の建物というのも最高です。
つまり古いのに新しいって云うのがいつも凄いなあ~~と感じますし,小さいがCDやDVDの様に密度濃く,無駄なく隙なく音楽の勉強に必要な事が満たされているこの建物の特徴も人生に厭きがこない理由と云えます。
この建物の設計に関する考えは先に述べた様に20代の頃にすでに考えていたのですが世の中,破滅型人生を歩む音楽家が多い中でローン返済の渋滞・延滞・滞納ゼロで完済し今日に至っています。私は少しだけ音楽家の社会的信用の向上に貢献できたかも知れません。そして世界を見渡すとユダヤ人の成功者が世界を牛耳っていると言っても寡言ではありません。
有名な「ユダヤ人の成功の法則」と云うのがありますが私はユダヤ人の教育本と共に人生の節目でかなり参考にしてきました。
1,ポジテイブに笑う。2,他人とは違う意見と発見をしなさい。3,権威を憎み,貴方が権威になってはいけません。4,逆境こそチャンスととらえましょう。5,お金より時間を大切にしなさい。
6,まずは元手がかからないことから始めなさい。7,相手の話は自分の話の二倍聞きなさい。
8,生涯、学び続けなさい。9,お金は奪われてしまうが、知識は奪われることはありません。
10,知識よりも知恵を大事にしなさい。
*,今日は以上です。
宮澤功行モデレーター≪疾風怒涛の教育 雑学その1≫
(楽譜について)
医者に何度も見放されるくらい病弱だった幼少のころの私の家は家族,親戚が日本舞踊に和楽器(琴・尺八・三味線)を嗜でいましたので何だか訳の解らない記号と文字と線が書かれてある本がたくさんありました。
それが和の音楽を表す楽譜というものだと知ったのは4歳の頃でした。
病床で蓄音機やラジオから聴こえてくる三曲の調べ、民謡・童謡・童歌は「私の音楽の故郷」として今でも心の奥底で鳴り響いています。
やがてピアノ(洋 琴)を習い始め、それらの音楽やコオロギや鈴虫の声、風の音、祭りのざわめき等を楽譜にしてピアノで弾いてみようとしましたが、当時の私は音と音の間にある音楽とかリズムの微妙な具合を記す方法を知らず楽譜にすることは出来ませんでした。
近年「楽譜に忠実」に演奏することが主流となっていて原典版と原典版を更訂した「原典版の批判版」なるものまで出版されています。
そして演奏者にも「楽譜通りに弾く努力」を当然のこととして求め「楽譜をきちんと読む」あるいは「楽譜に書いてあることの奥を読む」ということが強く求められています。しかし昔の尺八の楽譜や文字で書かれた義太夫の楽譜等から響きや音としての音楽は全く解りませんし、ユダヤ教の音楽が楽譜の無い時代からシナゴーグで伝承されてきたことやジプシー(ロマ)などの民族は楽譜を読めなくても、書けなくても、心に響く音楽していることを考えると、改めて一体楽譜って何だろう? と、思うことがあります。
もし『最初に音楽ありき』と言うならばダレッツオの開発した近代記譜法にはすでに限界が感じられます。
私は今の時代こそ定量楽譜にネウマ譜のトルクルス・レスピヌスやキリスマの様な記号や尺八の楽譜に見られる線、等を付け足した「新・定量記譜法」を発明してみることを次代を担う作曲家たちに推奨したいと思っていて私はそれを待ち望んでいます。
あの幼子の魂を揺さぶった音楽が音楽の原初的なものであり本質であるなら今一度、定量楽譜の縛りから開放され「一音・一音の音の密度」と「音と音の間に漂う音楽」を存分に味わってみたいと思う今日この頃です。
なぜなら、そここそが日本人である私の音楽の魂が帰属出来る空間と思えるからです。
宮澤功行モデレーター《疾風怒涛の教育 対話篇.4》
アルゲリッチ音楽祭でお世話になった桐朋同窓の大分県の宮原先生から当時の想い出として「それにしても昔のピアノの先生はやたら厳しかったよね~~」との話しが出ました。
桐朋に限らず戦後解禁になった洋楽を取り入れる際に日本人は戸惑ったのだと思いますがそれは:
①其れまでの軍隊教育スタイルの指導法と日本古来の家元制度のスタイルを取り入れた。
②大部分がスパルタ方式の精神主義に基づく音楽教育で体育会系と変わらぬ根性主体の音楽指導法、*などが本来の音楽の教育とは全く異質の考えでされていた時代が長かったのは否めない事実でした。
それは厳しい方が良い先生と云う錯覚を起こさせるもので(北から南まで間違った教育のオンパレードの時代)と言い換える事も出来ます。*もし,若い頃から,真の音楽教育を求めてヨーロッパ行脚をしなかったなら私も何の疑いも疑念も持たずに①~④を受け入れてしまったと思います。
実際,私が体験し経験したヨーロッパ各国の著名なピアノ教授や音楽家のレッスンは日本とは真逆のスタイルで行われていたのに強い衝撃を受けました。
帰国後も多年に渡り欧米の著名な演奏家や教育者と交流を続けていく中で日本の音楽教育やピアノのレッスンスタイルは変わらなくては駄目になると思うに至りました。
実例を挙げて実際の教育スタイルの違いについて数点述べてみます。先ず,殆ど100%の著名な教授はレッスンの最初に生徒の人間性・考え・人格を認めた上でレッスンをスタートさせます。
日本の①~④の音楽教育はこの真逆で生徒の人格や人間性を全否定するところからレッスンがスタートします。
つまり生徒を認めない訳ですから言葉の暴力や肉体への暴力も加えて先生への絶対服従を強いたりします(つまり徒弟制度・奴隷制度によくあるスタイルです)。
ここから産み出される芸は独裁国家のマスゲームや宗教団体に見られる集団パフオーマンスの様な芸で,個人の個性は圧殺され従わないとみなされたら破門にされ音楽業界から閉め出されます。
才能がある生徒でもやがて自分を脅かすライバルと感じたらそれだけで追放の手段に出ます。次に指導する教授の方から生徒に対して必ず「何か質問は??」「分からない事は?」と訊ねてきます。
あるイタリア人の学生はこの質問に対し延々と「自分は此処はこの考えで、あそこはこう云う方法で、、、」と自分の考えをとうとうと述べて教授に逆に質問したりしており日本では考えられない光景でした。
なぜなら当時の日本のピアノ教室では質問事態を受け付けない空気感が常にレッスン室を支配していたからです。三つ目は娘をある高名なフランスの音大教授にお願いした際の事ですが教授は開口一番「私を選んでくれてありがとう!!感謝します」と、、、これも当時の日本の教授が生徒を選ぶスタイルとは真逆の出来事でした。
極めつきはある著名な教授のLessonを終えた生徒がその教授に向かって『貴方のLessonは毎回同じで何ら得るものが無いので今日のLesson料は払いません』と言い教室を後にしたことです。
自分が納得したLessonにはお金を払うが教授の勉強不足には納得できないから払わないという合理的な考え方は日本で受け入れられる事はありませんが衝撃波が私の心に押し寄せました。この事をもし当時の日本の教授に当て嵌めたなら大半が高級詐欺師で訴えられるのではと感じたほどでした。
確かにその後お会いし影響を受けた欧米の教授の大多数には(演奏力・指導力・人間力)が充分そなわっており,日本で採用がグローバル化されたなら「絵を描かない絵描き,詩を書けない詩人」が大半をしめる日本の音大教授は欧米の人材に置き換わるだろうと思いました。
逆に考えると世の中があらゆる分野でグローバル化しているにも関わらず旧態然とした採用(縁故主義と大学の私物化)によって日本はガラパゴス化し絶滅の危機を迎えているように感じています。
*、残念な話しですが毎年,世界の大学ランキングで日本の大学が低レベルに張り付いている事が,この事を如実に物語っていると思います。いずれにしても親は下記の教育から自分の子供に合う教育スタイルを適切に選択して欲しいと思っています。(因みに私の親は①、、私は⑤かな??)
①、全人教育(古典教育)=幅広い教養と人間教育が主体(女子の場合は花嫁修業の一環として行うが全体としては金太郎飴的な人間に仕上がる)
②、才能教育(早期教育)=幼少時から徹底して打ち込む(方法を誤ると人格に問題を起こし破滅型人生を歩む場合もある)
③、自由放任教育(自然教育)=結果はほとんどが猿状態のままで人になれない。
④、マスプロ型教育=①の派生型で広く浅くを詰め込む方法でこれも金太郎飴的人間に育て上げるのには最適
⑤、少数精鋭教育=②の派生型で能力によって差別(区別)し、それぞれの能力を最大値まで開発していく
⑥、無責任教育=③の派生型で全て他人任せ(セイダ病に罹る⇒自分が悪くなったのは社会のせい、友達のせい、先生のせい、学校のせい、、、etc),また,その反動から過保護・過干渉に育てる。*、自分の子供を駄目にしたいと思う親はいないはずですから子供を間違いなく立派に育てるには??を私はピアノを通して一緒に考えて実践してみたいと常に思っています。
宮澤功行モデレーター《疾風怒涛の教育 対話篇.3》
大分県で開催されている第18回《アルゲリッチ音楽祭》に陽子先生と行って来ました。
毎年お誘いを受けていた音楽祭に忙しくて行けずで今回,初めての訪問です。「http://www.argerich-mf.jp」
地震で旅館やホテルが80%のCancelに見舞われている熊本と大分県の天災に対し天才アルゲリッチは「この様な時こそ行かねばと思います。」とのCommentを寄せられました。
この発言にも感銘を受け今回,陽子先生と大分で合流した娘夫婦と4人で参加しましたが大分県に来てみてビックリしました!!。
正に「百聞は一見にしかず」、、、私が考えていた音楽祭の理念が全てなされていました。
何と言っても素晴らしいのは市民全員参加型であるのと教育プログラムの充実です。それは目を見張るものがありました。
大分市内や別府市内に音楽祭の旗や大きなポスターが溢れ,市民が一丸となってこの音楽祭を盛り上げている雰囲気はなるほどとうならせるものが有りました。私のFB掲載記事を参照してください。
運営も実に素晴らしくもちろん演奏会は超満員です。
札幌のPMFはオーケストラが主なのでPianoやヴァイオリンなどの場合この音楽祭のように個人を冠した方がより市民への還元もインパクトも強いなぁ〜と感じました。
もう一つ感心したのは協賛スポンサーの質と量で,これがもの凄く(国,県,市,企業,個人)が協賛金を出し音楽祭を盛り上げるのに貢献していました。協賛企業のIichkoの西 会長とご家族の皆様には演奏会を始め様々な催しの招待と「おもてなし」を受け大変お世話になりました。
心から厚く感謝しています。
西様との対話の中で「スタートからアルゲリッチ音楽祭を支援・応援してきましたがスタート時は売券もままならず,聴衆の動員にも苦労し5回目までそれが続きました」とのお話でした。
それでも関係者は諦めず,賛同者,共感者をつのり行政にも足を運び協賛金を募り18回続けていく事が出来ているそうです。
今回私が最も驚いたのはアルゲリッチの才能と大分県への熱意に惚れ込んだ資産家が「しいきアルゲリッチハウス」をプレゼントしたお話しです。
この完成したばかりのアルゲリッチの別荘を見学させて頂きましたがスタインウエイD型が常備されアルゲリッチがいつ大分県に来ても安心して滞在できるだけでなく「室内楽活動などの拠点」として使用できるホールも完備していました。
古来から画家や音楽家はスポンサーシップ・パトロンシップの援助により発展してきましたが,その現代版を大分県で実体験することが出来ました。
もう一つ現代版スポンサーシップは企業と音楽祭のコラボです。
バッグや数々の小物製品の他にIichikoの安心院ワイナリーではアルゲリッチが鍬入れしたワインの苗をアルゲリッチの音楽を聞かせて育て、それを「アルゲリッチ・ワイン」として売り出す夢のある企画など等、、、。
新しい時代に向けて芸術家と企業家が共に夢を育みながら進化していく姿を見る事ができました。
産業が発展しないところに芸術は育たないのでこの様な関係は虚業・虚学が実は実業・実学と表裏一体と云うことの理解にもなると思います。日本の伝統的な谷町文化もそうですが欧米のパトロンシップ&スポンサーシップが求めるものは(芸術家の生き方と彼らが創造する作品のみ)。
なぜなら支援・応援する彼らは芸術家の創造の産みの苦しみ・努力を痛いほど理解しており,かつ重要なのは(芸術家の才能)は決してお金で買える性質のものでは無い事も熟知しているからです。
Tchaikovskyへのパトロンシップで有名な富豪のフオン・メック夫人はTchaikovskyへ資金援助し,お互いに手紙は交したものの生涯逢うことは無かったそうですが彼の偉大な作品群こそが何よりもの財産と思っていたそうです。私は(アルゲリッチ音楽祭の様なスタイルの音楽祭を札幌に!!)という夢を今日から見続ける事にします。
宮澤功行モデレーター《疾風怒涛の教育 対話篇.2》
毎日ピアノと向き合っている人生を単調でつまらなく思う人達がいる中で私はPiano人生に日々とてつもない幸せを感じて生きています。
確かに経済合理性から考えると費やす努力に対してリターンもリスペクトも足りなく感じるのがPianoの世界です。
そんな中でAくん「先生はPianoで自己実現出来てるから幸せなんです。私など人生に目的・目標を持ちその実現の為に努力してもまるで成し遂げることが出来ません」、、、と。
確かに若い頃は誰もが夢・目標を持って生きて行きますがそれを叶え,達成するには並々ならない努力と運が不可欠だと思います。Wikipediaで自己実現を検索すると沢山出てきますので,その中の代表的な三つを挙げてみます。
1.自己実現(Selbstbetätigung) K.マルクスの説
「人間の合目的な生産活動の過程で,ある対象に働きかけ,それを獲得しながら,人間としての豊かな自己の能力や個性を実現させていこうとするもの」
2.自己実現(self-actualization) A.マズロー説
「人間の欲求のうち最も高度であり,同時に最も人間的な欲求として自己の内面的欲求を社会生活において実現すること。
人間には下位から順に生理的欲求,安全への欲求,社会的欲求,自尊欲求,自己実現欲求があり,下位の欲求が充足されると,より上位の欲求が人間の行動動機となる」
3.自己実現(self-realization) T・H・グリーン、ブラッドリーの説
「自己が本来もっている真の絶対的な自我を完全に実現すること。
普遍的、絶対的自我の実現が究極の目的であり,それに導く行為が正しい行為だとする事などを人生の究極目的であるとした。
転じて自分の目的、理想の実現に向けて努力し、成し遂げること。
「自己実現を夢見る」「第二の人生では地域への貢献を通じて自己実現を目指す」この他,諸々を読んでみても私の場合,自分では全く自己実現など出来ていないと思っているのに他者から見ると出来ている様に見えるらしく何だか不思議に感じます。
でも小さな事ですが自己実現出来ている様に見える私は好奇心・向上心が旺盛で時代の趨勢にも敏感に反応し続けています。
今はWikipediaのお陰で大英図書館がPCやiPhoneの中に納まっている様に思える時代。
今日のLessonでヘンデルのハレルヤを持ってきた生徒に「意味は??」と訊ねると解らず、、、早速私のiPhone.6で検索。
《ハレルヤ!!全能であり、私たちの神である主(が王座につかれた)etc。(ヨハネの黙示録19章6節)、、、》直ぐに答えが出てきます。
「意味も演奏も沢山聴けるから調べて弾いてみると音楽が変わるよ!!」本当は新しい文明の利器の活用は若い世代に教えて欲しい私ですが実態はその逆、、、未だにガラケーで電話とMailしかしない若い世代が多数いて驚きます。
案外,自己実現はこの様な文明の利器への挑戦や未来を予測しそれに向かって冒険する勇気が無くては難しいのかも知れません。
現状維持をモットーとし良くも悪くも長い伝統は変えない姿勢を貫いていたら大企業でも腐ってしまいます。
大企業の東芝の2016年は純損失が過去最大の4832億円,シャープの2016年は純損益が2559億円。
そして三菱自動車の燃費データ不正問題、、、対策費用が“雪だるま”式に膨らみ三菱自の財務基盤の根幹を揺るがす事態。*,何を言いたいのか??はもうお分かりだと思いますが大企業などが「安心・安全・安定・プライド」を保証してくれると思いきや?どうでしょうか?矢張り「自立・自尊・自己責任」を前提にして自己実現への努力を続けている方が生涯に渡り幸せを享受できる様に思います。
確かに経済的には??かも知れませんが精神的には本当に素晴らい人生を獲得できるのがPianoを通して学ぶ諸々の精神世界です!!
宮澤功行モデレーター《疾風怒涛の教育 対話篇.1》
4月10日キタラ大ホールでオーケストラHARUKAとMusica先生がサンサーンスのピアノ協奏曲2番を共演し、昨日このDVDが届いたらしく早速聴いたMusica先生からLineで「もっと完璧な演奏をしたかったわ!!」と感想がきました。
これに直ぐに:
『いやいや素晴らしい演奏で感動し感激したよ、、、そもそも完璧を求めても完璧になれないのが人間。だからやり甲斐があるんだよ。つまり科学や物理の様な形而下学と違って音楽芸術は≪形而上学の世界≫。一つの道に到達したら其処から別の道が見え、その見えた所にたどり着くとまた別の高みに向かう座標軸が分かってきて、その座標を辿ってまた芸術の深淵を目指す。、、、、つまり完璧を目指しても永遠に完璧になれないのが人間ないんだよ。
パパはだから面白くて今でもピアノ音楽にのめり込んでいるんだと思う、、、私的にはどの学問の世界もスポーツなども同じと思えるんだけどね、、、』と返信。
折り返し:
「そういう事なんだろうね~。聴いているともっと上手く弾きたいと思う。現状で満足していたらそれで終わりだろうしね〜。芸術は一生探求するもんなんでしょうね。でもあのスピード感や演奏は今の若さとLiveだから出せるのかもね。」
とLinemailがきました。私は理屈抜きでこの種の音楽に関する対話を生徒達とするのが好きです。
名言集を紐解くと古今東西の著名人が音楽について語っていますがこれらの言葉も私の魂を揺さぶり影響を与えてくれています。
例えば
≪音楽は、世界に魂を与え、精神に翼をあたえる。そして想像力に高揚を授け、あらゆるものに生命をさずける。
Music gives a soul to the universe, wings to the mind, flight to the imagination and life to everything.プラトン≫≪音楽だけが世界語であり、翻訳される必要がない。そこにおいては魂が魂に話しかける。
J・S・バッハ≫≪音楽は決して耳ざわりであってはならない。むしろ耳を満足させ楽しみを与える、つまり常に「音楽」でなくてはならない。
Music should never be painful to the ear but should flatter and charm it, and thereby always remain music.モーツァルト≫≪音楽とは精神と感覚の世界を結ぶ媒介のようなものである。Music is the mediator between the spiritual and the sensual life.ベートーヴェン≫
≪音楽は、人間が言葉で言えないことで、しかも黙ってはいられない事柄を表現する。
Music expresses that which cannot be said and on which it is impossible to be silent.
ヴィクトル・ユーゴー≫≪どうやって音楽を作っているのかと尋ねられたとき、ただ音楽の中に踏み入るだけだと答えます。それは川の中に足を踏み入れて、流れに身を任すようなもの。川の中のすべての瞬間が、それぞれの歌を持っている。People ask me how I make music. I tell them I just step into it. It’s like stepping into a river and joining the flow. Every moment in the river has its song.マイケル・ジャクソン≫
このやり取りの後で「Papaの録音待っているよ!!」と、、、藪蛇(やぶを突いたら蛇が出てきた!!怖・恐)
宮澤功行モデレーター《疾風怒濤の教育 (ロマン主義)》
Classic音楽はありとあらゆるものを超えて人の魂や心に直接訴えかける芸術なので私は政治や宗教に対しては常に中立を保っています。
しかし札幌Conservatoire????の校舎が建った時〈私は札幌のロマン主義者〉です。
とその信条を書いた事があります。
普段の限られたLesson時間の中ではとても語れないので,その生き方を漂わせながら毎日を過ごしてきました。
【ロマン主義】の凡その概略は18世紀の末から19世紀のヨーロッパに於ける芸術・哲学・政治などの諸領域に展開された精神世界の事です。
個人主義を根本に,秩序と論理に反逆し自我の尊重,感性の解放の欲求を主情的に表現する事を主張し展開した主義です。
憧憬・想像・情熱・異国趣味 ⇄ それを表現する上での幻滅・憂鬱などが特徴です。
文学ではルソー・ゲーテ・ワーズワース、etc。絵画ではジェリコ・ドラクロア・ゴヤ,音楽ではシューベルト・シューマン・ショパン・ベルリオーズ、etc。でも私を客観的に観た人達からは宮澤先生は【Liberalist】ですね。と言われます。
何故なら常に自由を重んじ,伝統や習慣にとらわれない生き方をしているから、、、その上,魂の自由を大切にしつつも,決して過激思想には走らず,時代に流されないで穏やかに改革を行おうとしているからです。
此れって完璧なLiberalistの生き方ですよ〜〜。というのが私への客観的評価です。
現状の大幅な変革を望まない保守主義者とは間逆の立場をとっているのにも関わらず革命家とは言われません。保守主義は英語でconservatismと言います。
つまり札幌Conservatoire????は〈伝統的かつ保守的な音楽院〉という意味に外人教授なら読み解きます。ドイツ語などではアカデミーです。
これは私のHumor・Espritでも悪い冗談でも無く多少の皮肉(Irony)が込められてのnamingなのです。
そう言えば革新的でキュビズムの様な曲を作曲するProkofieffにSarcasm(皮肉)という曲がありました。しかし確かに,毎日を夢見ている様なロマン主義の考えよりは〈日常的な現世ご利益や今の生活を維持しようという保守主義の精神〉は根強くいつの時代も大多数を占めます。
(旧来の伝統・慣習・考え方を尊重して,急激な改革を好まないconservatism〈保守主義〉)には其れなりの意味はありますが私には⁇⁇です。
若い時代に良く(人間の歴史の具体的な文脈の中で長い時間をかけて培われてきたものだけが永続性をもつという保守主義の考え方に宮澤さんも、、、)と説き伏せられたりしてきましたが矢張り私はたとえ抽象的な夢や理想に基づいたロマン主義であっても,其れが正しければ人は改革・改善・改良を重ねて進歩前進していかなければならない。との考え方でロマン主義者と言い切っています。
序文に《もし北海道で私がロマン主義の標語の疾風怒涛を掲げなかったら頭で描いた音楽教育上の理想や夢は何一つ成就できなかったと思います。
つまり疾風怒涛はあらゆる分野で既成概念を超えた新たな世界を世に示していく精神であり魂の事だと思っています。》と書きましたが,例えロマン主義が挫折を運命づけられている主義だとしても私はいつ迄もロマン主義者でありたいと思っています。因みに私の掲げた夢や理想はどんどん実現しています。
もしロマン主義を標榜して歩まなかったら現在,年金生活者として暮らしていますが,今の私はいつ迄も青年の如く理想を掲げ夢見て歩んでいます。
ロマン主義に万歳を叫びたい心境で生きています。
宮澤功行モデレーターMozartの魔笛には彼が秘密結社フリーメイソンだった事がハッキリと描かれています。
ザラストロ(人間)を神と仰ぐフリーメイソンは当時のキリスト教の社会では許されない世界観だったのでMozartは暗殺されみすぼらしい共同墓地に投げ込まれたのだと思います。
今でも彼のお骨・お墓は不明です。
現代のRotary Clubや倫理法人会などでは人間が神としての活動をしているように見えますが秘密結社にならなくても大丈夫ですし暗殺されません。- 投稿者投稿

