宮澤功行

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  • 返信先: 非公開: Dr.Cloverのクリニック#2990
    宮澤功行
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    クローバー医師の診断回答に感動しています。

    返信先: フリートーク#2988
    宮澤功行
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    小野先生,山下先生,書き込み????????有り難う御座いました。内田さん大変勉強になりますがキリル文字に慣れ親しんでいないので直ぐに忘れてしまいます。
    やはり語学は早期教育が大切ですね〜〜

    返信先: ????疾風怒涛の教育とは⁇#2934
    宮澤功行
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    《疾風怒涛の想い出編 その⑶》
    良く人から『宮澤先生は何でも成功させて歩んで行く人生ですが失敗は無いんですか⁇』と言われます。
    実は失敗は語らない,書かない様にしているから成功ばかりしている様に思われていますが失敗をあげたら限り無くあります。
    特に海外では数え切れません。
    英国で(おあいそ)の為テーブルで会計をと思い係りに(ビルプリーズ)と言うとビールを持って来られ会計が中々出来なかったり,ザルツブルクで水を頼む為に(ヴァッサ ビッテ)て言うとbutterが運ばれてきて何度試してもテーブルの上のbutterが増えるばかり,しょうがなく諦めて日本語で(みず)と言った途端、水が出て来てやっと喉を潤せたり,Wienではタクシーのお釣りの失敗。
    Wienでは大きなお金(例えば1万円)で払うと小さいお金からお釣りが返ってきます。
    日本は間逆で最初は5千円のような大きなお金から返ってきます。
    知らなかった為日本的には5千円をチップにしていた事など限り無くあります(笑) 今ではどれも苦笑い的な失敗談ですが、、。
    学友とは音楽に面白さ愉快さをplusアルファーで添える訓練と称しHumor&Jokeもかなり磨きました、、、駄洒落は友同士で言い出したら止まらずです。
    今や有名な友とはある日の夜、学校の3階の練習室での休憩時にふと二人で一階の庭を見ると仲良くイチャいちゃしている学生カップルが???? ????、、、ドチラからともなく『熱冷ましてやろう、練習させよう』となりバケツに水を満杯に入れて下の学生カップルに浴びせ掛け何食わぬ顔で練習室に戻って練習を再開。
    間も無く血相を変えた後輩カップルが部屋をノックして《私たちに上から水掛けた奴知りませんか?》と、、見るとビショ濡れ、、『(^_^;)いや〜〜我々はこの部屋で一生懸命練習していたから知らないね〜〜*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)’・*:.。. .。.:*・゜゚・*、、誰だそんなことするのは‼️』と同情的な応答。
    まあ硬軟織り交ぜてHumorとJokeを磨き上げての今日です。
    芸ごとは真似する(真似ぶ⇨学ぶ)が基本ですがこれは決して真似ないでくださいね。
    こうして音楽家の日常性を覗くと兎角Classic音楽の世界は硬い敷居が高くて馴染め無いと言うことは決して無い事がお分り頂けるかと思います。
    因みに????????陽子MAMAは私に良く『貴方と生活していたら人生飽きないです』と言います。(笑)(^_^;)

    返信先: フリートーク#2931
    宮澤功行
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    私は今は????PianoとLesson三昧の日々ですが小学校の時から高校三年生まではヴァイオリンも習っていました。先生は札響の荒巻耕作先生と北本和彦先生です。????ヴァイオリンを習うきっかけはメンコンとチゴワイをLPとradioで聴き感動し,この二曲をどうしても自分の手で弾きたいと思ったからです。
    とうとう二曲弾ける迄になりヴァイオリンの先生はヴァイオリンで桐朋を勧めてくれましたが井口愛子先生との強烈な出会いが私をピアノに決定付けました。
    なので今でもヴァイオリンは大好きです。

    返信先: 非公開: Dr.Cloverのクリニック#2925
    宮澤功行
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    クローバー先生素晴らしい回答????????有り難う御座いました。棚瀬先生,実は私もganglionになったことがあります。野球の江夏投手など手首を使い過ぎると手首の上にポコッと表れるのをTVで見た事がありますが私のも同じでした。
    当時の医師はganglionの中の水を抜くと直ぐに治るが水を抜くと癖になるので温湿布をして徐々に凹むのを待ちましょ〜〜と、、、約一週間で治りました。
    それ以降は出ませんので多分聖書がganglionを持って行ってくれたのでしょう。
    成長期にganglionが出来やすい体質があるらしいです。

    返信先: ????疾風怒涛の教育とは⁇#2924
    宮澤功行
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    《疾風怒涛の想い出 その⑵》
    【お化け????屋敷】
    桐朋の2年の学園祭に友達数人と集まって何か面白いimpactのあることをしようと話し合い(お化け????屋敷)を教室につくろうと決まりました。
    せっかく創るなら絶対に心に残り互いの脳裏に永遠に刻まれるものにしよう‼️と皆気合い充分????????。
    机と椅子を迷路のように配し真っ黒なピアノカバーで机と椅子をおおって迷路を創り上げ,暗い凸凹通路にしたところまでは順調に上手く行きましたが肝心のお化けが不在。
    ならばとばかりrent-a-carを借りて都内を走り周って物色し,先ずは壊れたマネキンの腕・脚・胴体・首を譲り受けて学園に持ち帰りお化けに加工。
    それでもアクセント不足⁇ お化け屋敷としての象徴的な何かが足らず、、、期日は迫って来るのにこのままでは屋敷に入っても誰も驚かないなぁ〜と困り果て結局,桐朋のある仙川の肉屋さんに頼んで大きな血がしたたる牛の生首をお化け屋敷の象徴としてゆずり受け飾ることにしました。
    BGMは私がScriabinの神秘和音を駆使して世にも気持ち悪い音楽を作曲。
    後にN響の主席コントラバス奏者になったNくんやクラリネットの名手などと私のピアノで,この(世にも気持ち悪い曲⇨お化け????屋敷のためのBallade)を演奏して録音。
    この曲をエンドレステープにかけて屋敷の中と外で流し続けることにしました。
    苦労して創り上げたお化け????屋敷の前評判は上々。
    いざ学園祭の幕が開くと何とお化け屋敷の前は長蛇の列、、、盛況に喜ぶ間も無く余りに複座な迷路にした為お客様が詰まって出てこれず,まるで教室の中が悪質便秘状態になってしまいました。
    それでも最初の内は長蛇の列のお客様を相手に綿あめを売ったりファゴットのIくん等は靴磨きをしたりして楽しんでいましたが長蛇の列は途切れず続き苦情が出てきました。
    止む無く最初は入って出る迄15分もかかっていたのを次第に迷路を簡素化して最終的には5分で出てこられる様にしました。
    入場料は100円なので絶対に元は取れないと思って始めましたがお金がバケツに面白い様に貯まり,桐朋祭が終わってから牛の生首を間に合わせて持って来てくれた肉屋さんから牛肉を大量に買い込んで多摩川にてBBQをしました。
    友と私でお化け????屋敷の設備をセットして代わる代わるに巡回しての運営。
    その他に桐朋フェスティバル管弦楽団(桐朋生は通称ボロオケと呼ぶ)と協奏曲を共演したりして大いに盛り上がりThe ENDとしました。
    因みに祭りの期間中,飾っていた牛の生首は声楽の教授が庭に飾って皆んなとの想い出にしたいとおっしゃるので鎌倉のS教授の庭に運びました、、、数年後にS教授を訪ねたところまだ庭に生首が鎮座してあったのに驚きました。
    学園祭は(何でも皆んなで一生懸命やると必ず受け入れられる)と云う教訓を私に与えてくれました。

    返信先: ????疾風怒涛の教育とは⁇#2923
    宮澤功行
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    《疾風怒涛の想い出 その⑴》
    ????????????尊崇して師事していました恩師の井口愛子(桐朋学園ピアノ科主任教授)は優れた音楽と演奏の追求に関して大変厳しい先生でした。
    その厳しさに涙を流す学生多数、、、私もその一人でした。
    高校時代から東京の愛子先生宅までLessonに通い桐朋学園ピアノ科に入学しましたが厳しさは変わらず。むしろ入学してからの方がより厳しく感じました。
    この厳しいLessonが大学終わるまで続くなら私の精神が持たないと思い大学1年の時ボリショイOperaの(エフゲニーオネーギン)のチケットを親友と徹夜で並んで二枚を買い1枚を愛子先生にプレゼントしデートに誘いました。
    〈当時はITもチケットピアも無くチケットは販売所の前に並んで買うスタイル。良い演奏会やOperaのチケットなどは2日並んでも買えない時もありました〉
    なので,このチケットを購入出来た大変さは直ぐに分かってくれて何と厳しい担当教授とOpera鑑賞デートと相成りました。
    東京文化会館の隣りの席で愛子教授がOperaのあらすじや曲の感想を話してくださり私的には落ち着いて鑑賞とは行きませんでしたが帰りには高級寿司店でご馳走してくれたり何よりもその後のLessonが毎回楽しくてたまらなく変わりました。私にとってデートは大成功&大正解でした。
    当時の私はかなりの田舎っぺで欠食児童に思われていた節もあり毎回Lessonが終わるとお土産にお菓子や果物を持たせてくれたり手作りの美味しい料理をご馳走になったり‼️です、、、まるで今の大学のLessonの光景とは間逆のLessonの情景が続きました。
    私は今でも当時の桐朋の先生方のLessonを懐かしみ,とてつも無い貴重な学びを施して頂けた事に????????心から感謝しています。
    この様に他の学生とはまるで違う個性で伸び伸びと明るく元気いっぱい学んだ学生時代だったので,その後社会で私が打ちのめされた際にも桐朋時代の教授や友人が常に救済してくれました。矢張り何事もある種の成功を収めるにはcommunicationと信用・信頼が大切でそれに欠けるなら誰も見向きしてくれないと思う今日この頃です。
    私の時代には無かったFacebookやLineなどSNSを有効活用するとまだまだ明るい未来が築ける感じがしています。

    返信先: フリートーク#2912
    宮澤功行
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    makiko&小林先生、私は3・11の時,杉村駿介くんのBeethovenピアノ協奏曲 1番のLesson中でした。
    余りに揺れるので『君の演奏で大地が揺れているよ』と冗談を言っていましたがその後,とんでもない災害に驚きました。
    亡くなられた人々へ心より哀悼の意を捧げますと共に被害に合われた方々へお見舞いを申し上げます。

    返信先: ????疾風怒涛の教育とは⁇#2870
    宮澤功行
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    《疾風怒涛の教育 ⑹》
    ⑹ にMoskva音楽院・Moskva中央音楽院の事などを書こうと思いましたが私のFacebookの方に2011年からの数回に渡るMoskva音楽研修旅行の事が写真と共に掲載してありますのでFBで見てください。

    返信先: ????疾風怒涛の教育とは⁇#2856
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    《疾風怒涛の教育 その⑸》
    【ヨーロッパ音楽研修旅行・ウイーン・プラハ・パリ】
    *,04年に続き09年の「実体験・参加型ヨーロッパ音楽研修 旅行」について書いてみます。
    *,毎回旅発つ前に私はMuses(音楽の神々)に祈りを捧げてから出かけます。生徒を引率する時は特に旅の無事と成功をひたすら祈願してから出かけます。
    *,09年の音楽研修旅行はムジクフエラインでの演奏会がオーストリア&日本の友好140周年記念」として頂けた事で 演奏会の際に駐・オーストリア日本大使から格調高い御挨拶を賜れ,また初回ウイーン20区の演奏会の模様を北海道新聞社・ウイーン支局「石井群也様」がヨーロッパ発の記事として道新に掲載して下さった事は嬉しく生徒達の励みになる出来事でした。
    *,HPの掲示板には生徒達の感動・感激の様子が素直に書かれています。記事を読む内にやはり実践して良かったの思いで胸が熱くなります。
    今回は特に:
    1,初日のウイーン演奏会は開演ギリギリに会場に到着したにも関わらず生徒達の演奏がとても素晴らしかった事。
    2,音楽の殿堂ムジークフエライン(ウイーン楽友協会ホール)で演奏会が出来た事。
    3,プラハのドボルザーク記念博物館でドボルザーク自身のピアノで演奏出来た事。同じく映画「アマデウス」でモーツアルト俳優が使用したフオルテピアノに参加者全員が触れて実体験出来た事。
    4,パリの超満員のホールで主催者が「今演奏した神吉さんはこの音楽院の演奏家コースを首席で卒業したmusicaさんが卒業後,祖国へ帰りパパの宮澤功行氏が院長を務める札幌コンセルヴァトワールで育てている生徒さんです。
    この音楽院卒のMusicaさんが自分の生徒さんを連れてこうして母校を訪れ,未来をつなげていく姿に敬意を表します。」と述べられ私とMusicaをステージに上げ万雷の拍手で讃えて下さった事です。(全く予期しない出来事だったのでその気配りに感激し心が熱くなりました)

    *,話は変わりますがヨーロッパ音楽研修旅行のBussの中で「のだめカンタービレはピアノ少女の夢をフイクション(架空の漫画ド ラマ)として描いたものだが宮澤カンタービレはフイクションを現実化していく物語。皆にこの違いが分かるかな?」と謎かけをしました。
    夢や理想を現実化していく為には一般的な「努力「練習」等の訓練+現実から未来をシュミレーション化して一歩一歩漕ぎ着けて行く生き方が求められます。
    人間関係とコミュニケーション能力も試されます。
    この旅は生徒達に私の海外活動の一端を覗いて頂いたに過ぎませんがプラハのラジオインタビューアから「貴方が行ってきた海外交流での成果はいかなるものとお考えですか?」と問われた時,私は「ここにチエコ語を日本語の様に話す山田めぐみさんがおり,後藤絵里さん゚のプラハでの活躍こそがその答えを示していると思います、、、」と応え,チエコで掲載されました。
    後藤絵理さんは来月プラハのオーケストラ・ソリストとしてイタリアでリストのピアノ協奏曲1番を共演し今月はプラハでベートーベンの4番協奏曲を共演します。
    ヨーロッパで水を得た魚の様に活動する宮澤Musicaを始め後輩の後藤君・山田君・八田君・堀川君などに会って,この音楽研修旅行の意義と意味が益々深まる事を感じました。
    又,パリでは八田君が大きな写真&記事で八田君を紹介しているパリの新聞をホテルに届けてくれたのを拝見し感激しました。
    *,「旅は楽しく有意義に!」がモットーの私にとってプロ並みの手品の手さばきや面白い話で皆を楽しませてくれる明るいムードメーカー的存在は旅を楽しく有意義に続けていく上で貴重な人材だなーと感じました。
    それは会話の中のジョーク,エスプリ,比喩と同じ位日常のガス抜きに大切です。
    *,緻密に計画を立てても緊急事態は起こりますから,常に臨機応変,優柔不断に構えて対処していかなくてはなりませんし,一つの事を成し遂げるに当たっては色々上手く行かない事も出てきますので成功に導くには数多くの方々の理解・協力・支援を得なくてはなりません。
    ヨーロッパ音楽研修旅行が終わった瞬間,私は研修旅行にご理解・ご協力・ご支援を頂いた方々へ心より感謝と御礼を伝えます。

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