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Dr.Cloverにより1年、 7ヶ月前に更新されました。
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makikoモデレーター皆さんこんにちは!!
今年も残すところあと1日。
今日の札幌は-2℃ですが、快晴でいいお天気です。1938年12月30日の今日 プロコフィエフ作曲 バレエ音楽 「ロメオとジュリエット」がチェコスロヴァキアの国立ブルノ劇場で、セムベロヴァ主演、プソタ振付により初演された日です。イギリスの劇作家シェイクスピアによる悲劇『ロミオとジュリエット』に基づいています。
演出家でありシェイクスピア学者でもあるラドロフ、ギリシャ劇の権威である劇作家のピオトロフスキー、振付師ラブロフスキーの協力を得て台本を作成、1935年に52曲からなる全曲を完成させました。が、そのときの筋立ては、終幕でロメオが1分早く駆けつけジュリエットが生きていることに気付きハッピーエンド、という内容になっていました。ハッピーエンドにした理由は、バレエの踊りの表現で、生きている人は踊ることができるが死者は踊れないという理由であったことを、プロコフィエフは自伝の中で述べています。その後、振付家たちと相談、悲劇的な結末を踊りで表現できることがわかり、原作どおりの結末にして終曲を書き改めました。
バレエは当初、レニングラード・バレエ学校創立200年祭で上演される予定でしたが、酷評されて契約を撤回されます。そこでプロコフィエフは組曲を2つ作り、バレエの初演に先行して第1組曲を1936年にモスクワで、第2組曲を1937年にレニングラードで発表したそうです。Buon anno!!
makikoモデレーターあけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い致します。
今日の札幌は晴れ、-1℃。昨日の降雪で一面銀世界できれいです。
また、本日より2月5日から開催される「第69回さっぽろ雪まつり」に向け、大通公園に雪が運び込まれました。
5tトラック5500台分の雪が、26日までに同市郊外の真駒内や豊平峡などから運び込まれるようです。1955年1月7日の今日、マルティヌー作曲 交響曲6番『交響的幻想曲』がシャルル・ミュンシュ指揮、ボストン交響楽団により初演された日です。
ボストン交響楽団の依頼で作曲を開始し、第1楽章は1951年4月に完成、当初はベルリオーズにあやかり「新幻想交響曲」とする予定でしたが、「交響的幻想曲」に変更しました。Ti auguro un felice anno nuovo!!
makikoモデレーター皆さんこんばんは!!お正月明けお正月太りしていませんか??
今日の札幌は-3℃。朝は大雪でした。
明日は湿った雪や雨が降るそうです。融雪による事故も発生しそうです。皆さん十分気を付けてお出かけください。
先ほど、郵便年賀はがきのお年玉くじの当選番号が発表されました。皆さん当たってましたか??1900年1月14日の今日、プッチーニ作曲 オペラ 「トスカ」がローマのコスタンツィ劇場において、総監督レオポルド・ムニョーネ、トスカ役をハリクレア・ダルクレー(ソプラノ)、エミーリオ・デ・マルキ(テノール)がカヴァラドッシを、エウジェニオ・ジラルドーニ(バリトン)がスカルピで初演された日です。マルゲリータ王妃とペロー首相に加え、ピエトロ・マスカーニ、フランチェスコ・チレア、フランケッティ、ズガムバーティなど多数の作曲家が聴衆でした。批評家の評価はよくありませんでしたが、上演は完璧だったと言われています。
オペラ台本は、1889年パリで上演されていたヴィクトリアン・サルドゥの戯曲に基づきルイージ・イッリカとジュゼッペ・ジャコーザが作成。
プッチーニは同年ミラノでベルナール演ずるこの劇を見て、編集者リコルディにサルドゥから権利を買うよう依頼しましたが、1893年に作曲家フランケッティのものとなってしまいます。
1894年10月、ヴェルディへこの台本を贈ります。ヴェルディはこの悲劇作品に魅せられていましたが、結末を変更しない限り作曲するつもりはないと拒否。
数か月後、プッチーニに作曲を依頼したと言う経緯があります。Buona giornata!!
makikoモデレーター皆さんこんにちは!!今日の札幌は雪。-6℃。寒いです。
札幌の音楽教室 札幌コンセルヴァトワールでは来る2月24日(土)25日(日)
ザ ルーテルホールにて発表演奏会が開催されます。
充実したプログラム内容の発表会になると思いますので是非足をお運びください。
詳細は2月初旬頃までに発表されるブログの記事ご覧ください。1868年1月21日の今日、ヨーゼフ・シュトラウスが作曲したウィンナ・ワルツ 「天体のワルツ」がゾフィエンザールにおいて初演されました。会場全体が星を散りばめた青色の絹布で飾りつけられていたといわれています。
紀元前6世紀のギリシャの哲学者ピタゴラスは、天体の運行が人間の耳には聞こえない音を発しており、宇宙全体が一つの大きなハーモニーを奏でていると考えていました。1863年、ヨーゼフ・シュトラウスは兄のヨハン・シュトラウス2世から、ウィーン大学医学生らにより構成される「医学舞踏会」の音楽監督を引き継ぎ1868年、「医学舞踏会」の委員会は流行の「天球の音楽」を舞踏会のテーマとすることを決定、音楽をヨーゼフに頼みました。通常、慣習として献呈曲には主催者と関係のある曲名がつけられていましたが、このワルツには医学とは無関係な『天体の音楽』という曲名がつけられました。
「人を涙させるほど感動的な詩」とも言われ、のちに『春が目覚めた』という歌詞がつけられましたが、このワルツには歌詞など無くても充分に感動的なため、歌われる機会はほとんどないそうです。当時のオーストリア新聞『フレムデン・ブラット』は、次のように評しています。
„Die Melodien dieses Walzers waren besser als ihr Titel, da es einen eigentümlichen Eindruck machte, ausgerechnet auf dem Medizinerball musikalisch an das Jenseits erinnert zu werden.“
「タイトルに比べれば、このワルツのメロディーはずっとよい。」Buona giornata!!
makikoモデレーター皆さんこんばんは!!今日の札幌は-5℃。連日の雪で白銀世界。寒かったです。
1857年1月27日の今日 リスト作曲 ピアノソナタロ短調がベルリンにおいて、ハンス・フォン・ビューローによって初演された日です。1852年~1853年にかけて作曲され初期稿は1849年の時点で存在、1854年にブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版されました。
『幻想曲 ハ長調』へのお礼としてとしてロベルト・シューマンに献呈されましたが、シューマン自身はこの年の2月27日に自殺未遂を図って精神病院に入院、この曲を生涯聴くことはありませんでした。
この作品は、ピアニストを引退したリストがヴァイマルの宮廷楽長に就任して5年近く経ち、もっとも充実していた時期でした。
題にあたるような言葉をリスト本人は一切残していないため、ブレンデルは「ロ短調ソナタは、標題を必要としていないと述べましたが、標題的な読解がいくつも提案されており、特にゲーテの『ファウスト』と結び付ける解釈について、アラウは「リストの弟子たちの間で承認されていた(granted)ことなのです」と述べています。
この作品の評価は賛否両論、新聞でも激しい論戦が繰り広げられ、ワーグナーは「このソナタは、あらゆる概念を超えて美しい。偉大で、愛嬌があり、深く、高貴で――君のように崇高だ」とリストに書き送っている一方、シューマンの妻クララは、ロベルトの自殺未遂から間もない1854年5月25日の自分の日記に「ただ目的もない騒音にすぎない。健全な着想などどこにも見られないし、すべてが混乱していて明確な和声進行はひとつとして見出せない。そうはいっても、彼にその作品のお礼を言わないわけにはいかない。それはまったく大儀なことだ」と苛立ちを書き残しています、Buon compleanno a musica!!
makikoモデレーターみなさん今晩は。
今日の札幌は-1℃毎日寒いです。
インフルエンザも流行っています。皆さんお気をつけ下さい。1823年2月3日の今日、ロッシーニ作曲 オペラセリア「セミラーミデ」がヴェネツィアのフェニーチェ劇場で初演された日です。
ヴォルテールの悲劇「セミラミス」に基づき、台本はガエターノ・ロッシ。
1822年初め、ウィーンに滞在していたロッシーニはベートーヴェンと面会した際に彼から「君はオペラブッファを書いた方がいいよ」と言われその年の10月より着手しました。ドイツの音楽に影響され、重厚かつ色彩豊かな管弦楽法が適用されています。Buona giornata!
makikoモデレーター皆さんこんにちは!
今日の札幌は雨の3度。
5日から開催されている札幌雪まつり,,,心配です。
本日キタラ大ホールにおいて朝9時半から夜八時まで
情熱の日芸術祭とピティナピアノフェスティバルが開催されております。
札幌の音楽教室 札幌コンセルヴァトワールの生徒さんも出場されています。
練習の成果を発揮され素敵な演奏になりますよう祈っています!Buona giornata
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ブリランテ
ゲストいつも思うのですが、御社の発表演奏会の詳細がこちらで ニュースとして、いつまでたっても大々的に発表されないのはおかしいと思います。日程は、今月の24.25日だというのでは、もう二週間を切っています。大切なのはすべての生徒さんだと思います。たとえ、プログラムの順番とか、詳しい割り振りは正式決定なされなくても、発表会の日程は会場のこともありますし、早いうちから決まっていることと思いますし、各日何部形式で、その開始時間もだいたい何時からとか、せめてそれぐらいは、早いうちからお知らせしていただけませんでしょうか?
国際的活躍とか、コンクールで優秀な成績を収められた生徒さんたちばかりではなく、ほんとうにそちらの音楽院を支えているのは、発表会に参加される大勢の生徒さんたちだと思いますし、このように楽しみにしているものもいるのですから・・・何よりも重要なのは、年に一度の発表演奏会だと言っても過言ではないと思います。熟考を願います。Musica
ゲストブリランテ様
いつも札幌コンセルヴァトワールの公式ブログをご覧頂きまして、ありがとうございます。また、この度は貴重なご指摘をありがとうございました。掲載が遅くなりまして申し訳ございません。ご指摘頂きました内容を発表会委員のほうにも伝え、来年度からはもう少し早めにご案内できるように心がけたいと思います。当日のご来場を楽しみにお待ち申し上げております。
makikoモデレーターさんこんばんは!
今日の札幌はマイナス4度。毎日寒いです。1855年2月17日、リスト作曲 ピアノ協奏曲第1番変ホ長調 S.124/R.455がヴァイマルの宮廷で行われた演奏会にて、エクトル・ベルリオーズの指揮と作曲者自身のピアノによって初演された日です。
リストは本作の協奏曲を作曲する以前の1821年頃から1825年頃に2曲のピアノ協奏曲(S.713)を作曲していますが、この2曲は現在楽譜が紛失しているため、この曲が最初に完成させたピアノ協奏曲ということになります。
1830年代頃に書かれたスケッチ帳に、第1楽章の冒頭主題と終楽章の行進曲調の主題が書かれており、1835年に初稿が完成、初稿は全3楽章から構成されるものでしたが、この初稿を単一楽章の形式に改訂を行い、1839年に初稿の改訂版を完成させました。ピアニストとしての活動もあったため、中断。再開したのは7年後の1846年で、ヴァイマル近郊のアルテンブルクの別荘で本格的に着手、1849年7月に最終稿を完成させました。しかし完成後すぐには発表せず、1853年に再び改訂し、初演後の1856年にも改訂しました。2月24日(土)25日(日) ザ・ルーテルホール
札幌コンセルヴァトワール発表演奏会で 皆様のご来場お待ちしております。Buona giornata!!
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