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  • このトピックには413件の返信、18人の参加者があり、最後にDr.Cloverにより1年、 7ヶ月前に更新されました。
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  • #3645返信
    makiko
    モデレーター

    皆さんおはようございます!!

    今日の札幌は雨。ただいまの気温17℃。一日中傘が活躍しそうです。
    よさこいソーラン祭りは12日、大通公園でファイナルステージを行って閉幕いたしました
    最優秀賞にあたるYOSAKOIソーラン大賞は、愛知県犬山市の「笑”(じょう)」。
    準大賞は「REDA舞神楽」(千葉県船橋市)、「新琴似天舞龍神」。
    今年の祭りは国内外280チーム2万8千人でした。

    さて1911年6月13日の今日、ストラヴィンスキーの三大バレエ音楽の一つ「ペトルーシュカ」がパリのシャトレ座で初演されました。
    ディアギレフのバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)のために、1910年から1911年にかけて冬に作曲され、公演はおおむね成功しましたが、少なからぬ聴衆は、ドライで痛烈で、時にグロテスクでさえあるこの音楽に面喰らいました。ある評論家は、本稽古の後でディアギレフに詰め寄って、「招待されてこんなものを聴かされるとはね」と言ったところ、ディアギレフはすぐさま「御愁傷様」と言い返したといわれています。
    1913年にディアギレフとロシア・バレエ団がウィーンを訪れた際、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は、当初《ペトルーシュカ》を上演することを渋って、この楽曲を「いかがわしい音楽」と呼んだといわれているそうです。

    ぺトルーシュカ(ピョートルの愛称)は、いわばロシア版のピノキオであり、悲劇的なことに、正真正銘の人間ではないにもかかわらず真の情熱を感じており、そのために(決して実現しないにもかかわらず)人間に憧れ、ペトルーシュカは時おり引き攣ったようにぎこちなく動き、人形の体の中に閉じ込められた苦しみの感情を伝えています。
    音楽は、ハ長調と嬰ヘ長調を組み合わせた、いわゆる「ペトルーシュカ和音」が特徴的であり、複調性によってタイトルロールの登場を予告します。

    A dopo domani!!!

    #3646返信
    minahukazawa
    参加者

    小野先生、いつも有難うございます????????
    ペトルーシュカは私の大好きな曲の一つです????
    高校生で初めて曲を聞いて、独特の世界観にはまりました。
    ピアノ????が、オーケストラの中の一つの楽器として、曲に溶け込んでいるのも面白いと思いました。
    20代の時に、テレビでバリシニコフが踊っているのを見て、とても衝撃を受けました。
    ペトルーシュカの感情の変化が、繊細かつ大胆でリアルに表現されていて、とても感動したのを覚えています。

    #3657返信
    宮澤功行
    モデレーター

    皆さんの書き込みを読んでいるだけでも面白いし勉強になるのでもっと多くの人々にこの掲示板を読んで欲しいですね〜〜。そのideaを大歓迎します。

    #3666返信
    makiko
    モデレーター

    皆さんこんにちは!!

    今日の札幌は祭り日和!!ただいまの気温17℃。
    昨日から北海道神宮例祭(札幌祭り)が始まりました。
    中島公園は420店の露店が並び、たくさんのお客様で賑わっているようですよ。
    16日は、明治時代から続く伝統の神輿渡御が中心部で行われ、氏子1300人が神輿4基と山車9基とともに約14,5キロ練り歩きます。

    1887年6月15日の今日、ドボルザーク作曲 歌劇「王様と炭焼き」Op.14 B151(第三作)がプラハにて初演されました。
    第3作は第2作の改訂版、 台本の改訂に伴い第3幕を新しい音楽に書き換え。
    台本改訂はV.J.ノヴォトニーです。
    ドヴォルザークには11作の歌劇がありますが、このうち、第2作と第3作とは同じ台本に全く異なった曲を付け
    た稀有な作品であるといわれております。

    チェコ語というハンディがある上に 台本自体が優れたものでなかったせいもあって、
    国際的に高い評価を得て上演が繰り返されているのは 第10作の「ルサルカ」だけで、
    他の作品の上演を目にすることはないようです.

    さて今日の言葉
    偉人は独創性よりも人間の器の大きさによる(エマーソン)

    A dopo domani!!

    #3690返信
    makiko
    モデレーター

    皆さんおはようございます!!

    今日の札幌は雨、ただ今の気温18℃です。上着が必要な寒さですので、風邪をひかないように注意してくださいね!!

    1957年6月17日の今日、ストラヴィンスキー75歳の誕生日を祝う目的で行われたオールストラヴィンスキー演
    奏会にて、バレエ音楽『アゴン』がストラヴィンスキー自身の指揮により演奏されました。
    バレエはG・バランシンが振付け、バレエとしての初演は同年12月1日、ニューヨークにてニューヨーク・シティ・バレエ団が初演。

    さて今日の言葉

    過ぎたるはなお及ばざるが如し(孔子)

    Arrivederci!!

    Attachments:
    #3692返信
    Борщ
    参加者

    Дорогие друзья, здравствуйте!!
    親愛なるみなさま、こんにちは!!

    お久しぶりです。

    さてさて、今日は色についてお話ししましょう。
    ロシア、モスクワといえば・・・思い浮かぶのは???

    『赤の広場』でしょうか。
    有名な美しい広場。世界遺産ともなっています。

    ロシア語で書きますと Красный Площадь クラースヌィー・プローシャッジ。
    最初のラは、巻き舌です。

    このКрасный、という単語は、赤という意味です。

    ここで少し余談を。

    昨年12月、ロシアへ行きました時、サンクトペテルブルクのマーリンスキー劇場で、バレエ『アンナ・カレーニナ』を観賞いたしました。

    その時、上に着ているものを預ける時、個人個人ではなく、私たちのツアーの客全体をひとつとして、つまり団体でクロークに預けたのです。
    そこまでは、サンクトペテルブルクのガイドさんで、若者のフロールがいました。が、それが済むとフロールは劇場を出て行き、日本人のガイドさんが入れ替わりに入ってきました。

    その後です!!
    私が、つい自分のダウンジャケットにスマホを入れっぱなしにしてしまったことに気づいたのは!!!???(T_T)

    いや別になくてもかまわない・・とも思いました。でも、もし帰りにダウンを受け取ってポケットになかったらどうしよう!!!???(>_<)
    それに・・・本番は撮影できないけれど、この雰囲気は写真に撮りたいし!!!( ; ; )
    と思って、日本人のガイドさんに伝えました。慌てて、私と夫はガイドさんとクロークへ!!!

    ところが、その日本人ガイドさんは、英語は堪能なのですが、ロシア語は全くできない人だったのです。

    でも、天下のマーリンスキー、英語で通じると思ったのですが・・・そこのブースの女性も隣のブースの少し年配の男性も英語は全く通じません。
    預け札の番号でどれかを持ってきてほしいというのはわかったようなのですが、向こうはどれを持ってくればいいのかさっぱり・・・チンプンカンプン。

    そこで、私は、自分のダウンの色を言おうと思いました。私は、自分のダウンの色をずっとワインカラーだと思っていたので、『紫』фиолетовый フィオレッタヴィーなのですが、その当時はその単語が分からなくて・・・どうしようと思った時、一緒にいた夫が、なんと!!!
    「ダウンの色、赤でしょうが!」というではありませんか!?

    えええ!!(◎_◎;) それにも驚いたのですが、もう、ええいどうにでもなれ!と、赤いという単語は知っていたので、
    『Красный!!!』と女性に叫びました。そうしたら、その女性は、くるりと後ろへ向いて、なんと!?見事、私のダウンを持ってきたのです‼️‼️‼️

    私のダウンって赤色だったの???というより、この時ほど、たとえ少々でもロシア語をやっていてよかった、と思ったことはありません。

    そして、ロシアだけではなく、やっぱり、どこの国もその国の言葉が最も大事、英語だけではダメな場合もある、というのも、しっかり心に刻みました。

    さて、話が逸れてしまいましたが・・・・

    この、『赤』という単語、社会主義共産党の名残で、赤い、と呼ばれていると思っている方はいらっしゃいませんか?

    それは、実は全くの間違いです。

    実は、この赤い、という単語、красныйとは、その他に、

    ”美しい” ”麗しい”

    という意味もあるのです。ロシアでは、赤い色は美しいから、そのままこの単語が色としても使われることになったのですが、今でも呼ばれる『赤の広場』は、実は

    『美しい広場』という意味が正解なのです????

    でも、もうすっかり日本語の固有名詞として馴染んでしまっていますので、『赤の広場』は、『赤の広場』とよんで、でも心の中では『美しい広場なのよね〜』と思っていただければ、と思います。

    本当に、本当〜〜〜〜〜に、

    Красный Площадь
    赤の広場は、
    いつの季節もとても美しく、見所がいっぱい。魅力的で、ずうっと過ごしたくなる場所なんですよ????
    どうか、みなさまも、季節を問わず、一度訪れてみてくださいね。

    ああ、また行きたくなってきました〜〜〜〜????????????????

    それでは、また〜〜〜(^^)/~~~
    Всего доброго!!! フスェヴォー・ドーブラバ!
    みなさまお元気で←直訳 さようならの意味で使われます。

    #3711返信
    nyanko-sensei
    参加者

    私はさすらいの音楽の先生、ニャンコ先生じゃ。

    先生、ピアノ誕生の続きだよー。

    サダオ君か。
    クリストフォリが「強弱を付けられるチェンバロ」を開発するにあたり、それまで通り弦をハジいて音を出す方法では難しかった。
    そこで彼は、簡単に強弱を付けられる打楽器を用いようと考えた。

    太鼓とかだったら、強い弱いは簡単だもんね。

    そうじゃ。当時はツィンバロンやダルシマーといった弦を撥(バチ)で叩いて奏でる楽器があったんじゃ。
    おそらく、それらもヒントになったんだろうね。

    つまり木琴の木の部分が弦になった楽器、、というものかな。

    そうじゃ。
    打楽器と鍵盤の繋がりじゃが、それまでにも弦を叩いて音を出す鍵盤楽器というものは存在していた。
    クラヴィコードという楽器がそうなんだが、これは鍵盤の奥に棒状のようなものが付いていて、鍵盤を押すことで棒が上昇して、先端に付いている金属片が弦を突いて音を出す、といった方法じゃった。
    この楽器は携帯用で持ち運び出来るサイズであり、音域も狭かった。
    おまけに音がかなり小さかったようだ。
    これらをヒントとしてクリストフォリはピアノを創り出すことになるんじゃが、この続きはまた次回の講釈。

    #3738返信
    makiko
    モデレーター

    皆さんおはようございます!!!

    今日の札幌は快晴21℃。久しぶりのお天気です!!

    内田さん書き込みありがとうございます。掲示板の宣伝もして頂き感謝してます!!

    1825年6月19日の今日、パリのサン・ルーヴォア劇場でジョアキーノ・ロッシーニによって作曲された全1幕のドラマ・ジョコーソ『ランスへの旅、または黄金の百合咲く宿』が初演されました。
    初演はカンタータ形式で行なわれたため、「劇的カンタータ」と呼ばれることもあります。

    1825年のシャルル10世の戴冠式のため、パリ中の劇場が戴冠式とフランスの栄光を讃えた作品を上演する事を計画していました。
    当時イタリア劇場の音楽監督に就任していたロッシーニは、彼の戴冠式を記念して新国王とブルボン家の復古王政を讃えるためにこの作品の作曲に着手。
    なお、歴代のフランス国王の戴冠式はランスの大聖堂で行われてきましたが、シャルル10世の戴冠式が結局はランスでおこなわれた最後のものになりました。
    現在、ランスのトー宮殿には、このときの戴冠式で使われた品々などが展示されているようですよ。

    こうして、フランスの保養地プロムピエールにあるホテル「黄金の百合」(フランス国王の紋章はフルール・ド・リス、すなわち青地に金色の百合の花)を舞台にして完成した作品は、戴冠式で盛り上がり、ジュディッタ・パスタをはじめとする、当時パリで活躍していた最高のベルカント歌手ばかりがキャステングされたことと、題材のタイムリーさで大成功を収めたといわれています。
    この作品を評して作家スタンダールが「ロッシーニの最も優れた音楽」と呼ぶほどでした。

    しかし戴冠式の熱狂が去ると、この期間限定の作品は劇場のレパートリーから消え、作品の楽譜もロッシーニ自身によって回収され、そのメロディーの一部が『オリー伯爵』(1828年初演)に転用。
    そしていつしか楽譜も散逸し、この作品が上演される事はなかったようですが、
    1984年にロッシーニの故郷ペーザロのロッシーニ・フェスティバルで「ロッシーニ・ルネサンス」の立役者の一人クラウディオ・アバドによって実に約150年ぶりに蘇演され、同時にドイツ・グラモフォンによって世界初の録音も行なわれました。その後、この作品はアバドによってミラノ・スカラ座やウィーン国立歌劇場でも取り上げられ、1992年10月にはベルリン・フィルでアバドの指揮にシルヴィア・マクネアー、ルッジェロ・ライモンディといった豪華キャストで上演され、大成功を収めています。

    さて今日の言葉
    右の目は熱く左の目は冷たく
    心には氷の炎を持て(開高健)

    A dopo domani!!

    #3746返信
    宮澤功行
    モデレーター

    皆様の書き込みはいつも大変為になります。有り難う御座います。

    #3747返信
    makiko
    モデレーター

    皆さんおはようございます!!

    今日の札幌は少し日差しが入って19℃です。昨日のようにはなりませんが、ちらっと雨が降ることもあるかもしれません。

    1868年6月21日の今日、ワーグナー作曲、楽劇「ニュルンベルグのマイスタージンガー」が、ハンス・フォン・ビューロー指揮、ミュンヘン宮廷歌劇場で初演されました。
    同1868年7月2日、ワーグナーの手書きスコアを基にした「スコア初版」(I)がショット社から出版されました。
    ミュンヘン初演では、第1幕の幕が下りると激しい歓声が上がり、観衆はワーグナーを呼び求めたといわれています。第2幕では、場面ごとに観衆の間にセンセーションが巻き起こり、幕が下りた際は歓呼とともに劇場内のすべての視線がワーグナーが座っていたルートヴィヒ2世の貴賓席に向けられ、国王の要請によってワーグナーは貴賓席の手すりに進み出て、無言で感謝の意を表明したといわれています。

    初演の翌日1868年6月22日、ワーグナーがヴェレーナ・ヴァイトマンに宛てた手紙

    昨日の上演はすばらしいものでした。もうこれ以上の祝典はないでしょう。私は演奏の行われている最初から最後までロイヤル・ボックスの国王の脇に座って、そこから観客の敬意を受けることになりました。こういうことは今までただの一度も経験したことはありません。

    さて今日の言葉
    我が戦いとは強くまたひろく、かずしれぬ根もて、生命を深くつかむことぞ(リルケ)

    A dopo domani!!

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返信先: フリートークで#3805に返信
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