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  • このトピックには413件の返信、18人の参加者があり、最後にDr.Cloverにより1年、 7ヶ月前に更新されました。
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  • #3411返信
    makiko
    モデレーター

    皆さんこんにちは!!

    今日の札幌は雨☔現在の気温は8℃と昨日までの暖かさから一変し肌寒くなっております。
    体調管理には十分注意してください。

    1935年4月23日の今日ハチャトゥリアンの交響曲第1番ホ短調の管弦楽版が、モスクワ音楽院大ホールにて当時モスクワで活動していたハンガリー出身の指揮者オイゲン・セーンカルの指揮、モスクワ・フィルハーモニー交響楽団の演奏により初演されました。
    レニングラード初演はモスクワ初演のちょうど1年後の1936年4月23日、フリッツ・シュティードリーの指揮で行われました。
    ハチャトゥリアンはモスクワ音楽院卒業後、大学院生として更に2年間ニコライ・ミャスコフスキーに学ぶことが決まっていましたが、卒業資格証書を受け取るため音楽院に卒業作品を提出する必要があり、
    交響曲を作曲することを決め、また、アルメニアのソビエト連邦加入15周年を記念した祝典曲とすることとしたといわれています。
    卒業試験においてミャスコフスキー、グリエール、シェバリーンら5人からなる卒業検定委員会は本作を一致して「優」と評価し、赤軍に献呈され、初演後、1960年と1962年に部分的に改訂されているようです。

    四手ピアノ版は1934年6月11日、モスクワ音楽院卒業試験で作曲家レフ・ステパーノフとピアニストニーナ・ムシニヤンにより演奏されました。

    是非お聴きになってみてくださいね????????

    近日また札幌コンセルヴァトワールでは様々な演奏会を企画しており院長のフェイスブックで
    本日朝発表されています。
    詳細はこのブログのNEWSで発表されますのでお楽しみに????

    皆さんとお会いできますよう、札幌の音楽教室 札幌コンセルヴァトワールでお待ちしております❗

    #3412返信
    宮澤功行
    モデレーター

    ハチャトリアンのこの曲は知りません、、、聴いてみたいなぁ〜〜

    #3417返信
    makiko
    モデレーター

    宮澤先生、残念ながら、一番はかなりマニアックな曲で、録音も演奏会も少ないので、YouTubeではないと思われます。
    2番の鐘や3番の交響詩曲なら、メジャーなので
    その二つはあると思います。
    ナクソスの会員ならば視聴できますが、会員ではない方は冒頭だけの視聴になるかと思います。

    現存するCDを紹介いたします。
    ★A・ガウク指揮/モスクワ放送交響楽団
     1959年録音

    ★ A・ハチャトゥリアン指揮/ソビエト国立交響楽団
     1975年ライブ録音。自作自演盤

    ★ L・チェクナヴォリアン指揮/アルメニア・フィルハーモニー管弦楽団
     1993年録音
    です。

     

    #3422返信
    makiko
    モデレーター

    皆さんおはようございます。

    今日の札幌は15℃。
    午後は急な雨が降るかもしれません。お守り代わりに折り畳み傘を持参してください。
    毎日夜は寒いので温度調節できる服装でお出かけください。

    1926年4月25日の今日、ミラノ・スカラ座にてプッチーニ作曲オペラ『トゥーランドット』は幕を開けました。
    トゥーランドット姫にはポーランド系アメリカ人のローザ・ライサ、相手役カラフ王子はスペイン人のミゲル・フレータ、召使リューにはイタリア人のマリア・ザンボーニ。

    初演はイタリアにとっての国家的イヴェントと見做され、当初はオペラ愛好家でもあるムッソリーニ首相も臨席する予定でしたが、当時国家元首の臨席時に演奏されることとなっていたファシスト党党歌「ジョヴィネッツァ」(Giovinezza)の開演前での演奏をトスカニーニが拒絶したことから、ムッソリーニがミラノにいたにもかかわらず出席取止めとなりました。
    初日当夜、プッチーニによる作曲部分が終わったところ(リューの自刃の場面)で、トスカニーニは突然指揮を止め、聴衆に「マエストロはここまでで筆を絶ちました」(Qui il Maestro finí.)と述べて舞台を去り、幕が慌ただしく下ろされました
    2夜目になって初めてアルファーノ補作部分(カット処理後)を演奏。

    イタリア・オペラ界における最大の権威はトスカニーニに存することが如実に示されたエピソードだったようです。

    皆さん一度全幕ご覧になってみてくださいね!!

    追伸
    今日の写真は本日撮影した札幌の桜です。

    #3432返信
    nyanko-sensei
    参加者

    私はさすらいの音楽の先生、ニャンコ先生だ。

    先生、待ってたズラ。

    ゴマさんかね、どうしたんだい?

    楽譜の中にD.S. と書いてあったんだげど、あれってゲームのDS と関係があるズラか?

    ハハハ 、ゲームのDSとは関係ないねえ。
    あれはDal Segno( ダル・セーニョ )の省略したものなのじゃ。だから、D.S. と記されているように省略の「. 」が付いているじゃろ?

    ゲームとは関係ないズラか。

    イタリア語で daは「~から」で、dal は da+il (定冠詞) のくっ付いたもの。
    Segno は 「印」。
    だから直訳すると「その印から」になり、楽語では 「セーニョ記号に戻る」 となる、いわゆるリピート記号の一つじゃ。

    セーニョ記号って、何ズラ?

    必ずD.S. と一緒に使われる記号じゃ。 Sと ※ が 合体したような記号で、D.S. が記されている楽譜の中を探してみよう。きっと見つかるよ。
    これに似た記号でよく使用されるリピート記号がまだあるんじゃが、それはまた次回にしよう。

    #3443返信
    makiko
    モデレーター

    皆さんこんばんは!

    今日の札幌は現在の気温は八℃。まだ風が冷たいですが、少しずつ桜が咲き始めております。

    1810年4月27日の今日、ベートーヴェンが「エリーゼのために」イ短調WoO.59を作曲した日です。
    自筆譜には、「エリーゼのために 1810年4月27日ベートーヴェンの思い出のために」と記載されていたといわれています。(現在自筆譜は消失)
    本来「テレーゼのために」という曲名でしたが、悪筆で解読不可能など何らかの理由で「エリーゼ」となったという説が有力視されています。
    本曲の原稿はテレーゼ・マルファッティの書類から発見されたものであり、テレーゼはかつてベートーベンが愛した女性でした。この説ではテレーゼ・マルファッティがエリーゼです。

    しかし、2010年ドイツのベートーヴェン研究家クラウス·マルティン・コーピッツが、ベートーヴェンの知人の妹であるドイツ出身のソプラノ歌手エリザベート・レッケルの可能性が高いと発表しました。
    ウィーンの教会に保管されていたエリザベートの第一子の洗礼の記録で母親の名前が「エリーゼ」と記されていることと、エリザベートのウィーンでの呼び名も「エリーゼ」であると判断し発表に至りました。

    真相は???

    #3444返信
    Борщ
    参加者

    親愛なるみなさま、こんばんは!
    Дорогие друзья, добрый вечер!

    前回までロシア人の名前と愛称をいくつかご紹介してきました。
    だいたいは、本名に即していますが、中には本名からまったく予測がつかない愛称も・・・・。

    さて、みなさまは、エフゲニーといえば、誰を思い出しますか?
    もちろん、キーシン?
    それともプルシェンコ?

    どちらもと〜っても世界的に超有名なアーティスト、アスリートです。

    エフゲニーとは、
    Евгений
    と、綴ります。 Еは、発音は正しくはィエー、 вは、ヴェーですが、英語のvと同じ扱いとなり、発音は英語のfです。 гはげゲー、 еは最初の文字の小文字です。 нは英語nと同じ発音です。 иはイー、 йは短いиを表しております。

    この名前は、男性の名前。

    女性ですと、語尾はロシア語では絶対に、а、もしくはя(発音は、ィヤーとなり、実はこの1文字だけで、『私は』という意味の単語になります)になります。

    なので、エフゲニヤとなり、
    Евгения
    となります。

    まあ、難しいことは抜きに、エフゲニーとエフゲニヤと覚えておいてください。この名前は、愛称が同じです。さて、なんだと思いますか????

    エフーニャ?フーシャ?

    нет,нет!←違います、違います。(の意味)

    実は・・・

    Женя!!!!  日本語であえて書くなら、なんと!(◎_◎;)

    『ジェーニャ』なんです‼️‼️

    どこから、この、今まで見たことのない、キリル文字で最もみなさまが首をひねる❓
    ”ж”が出てくるのでしょう!?私も最初は驚きました〜????

    ちなみにこの米が繋がっているような

    “ж”という字は、英語だとzhで、強い摩擦音で 『ジェー』と発音します。ロシア語の発音では難しい方です。

    ま、難しいことは抜きに、キーシンもプルシェンコも
    『ジェーニャ』と呼ばれてるんだと覚えておくとちょっといいですよ????

    余談ですが、私はこの春よりロシア語の個人レッスンを受けています。といっても始めたばっかりですが????
    先生の名前は、Денис、英語で書くとDenis、つまり日本語で書くと『デニス』です。

    “д”の文字もいかにもロシア語らしい、でも、発音は英語風のディーではなく、『デー』と発音されます。
    ま、それは置いておいて。

    デニス先生の相性は???
    それは、日本語で簡単に書くと、実は、キーシンやプルシェンコのように
    『ジェーニャ』となってしまうのですが・・・。発音は、最初のジェーは、”ж”とは違ってとても柔らかい発音になります。

    あえて書こうとすれば・・・
    『ヂェー』ですね。

    ジェーニャとヂェーニャ。
    似てるようで実は違います(⌒-⌒; )

    ま、余談は余談としてふ〜〜ん、ぐらいでとどめておいてくださいね(^_−)−☆

    では、みなさま、
    Спокойной ночи????
    おやすみなさい????

    #3445返信
    makiko
    モデレーター

    皆さんこんにちは!!

    今日の札幌は現在5度。雨も降っていて寒いです。
    風も強くせっかく咲き始めた桜が心配です。

    内田さんいつも書き込みをありがとうございます!!お勉強をさせていただいております。

    さて、1798年4月29日の今日、ハイドンのオラトリオ「天地創造」がウィーンのシュヴァルツェンベルク侯爵邸において、ハイドンによって非公開で初演されました。
    この曲は晩年のハイドンを代表する作品で作曲技法の総決算のような作品となったといわれています。

    (公開初演は1799年3月19日にケルントナートーア劇場で大成功を収め、その様子をスウェーデンの作曲家ヨハン・フレドリク・ベールヴァルド(フランス・ベールヴァルドの従兄弟)は「大変な拍手喝采だった」と伝えています。のちに楽譜は1800年に出版されました。)当時のハイドンは、2度目のロンドン滞在を終えてウィーンに帰ってきた後1796年から1798年にかけて作曲されたといわれています。
    作曲を依頼したのは興行主として活動していたヨハン・ペーター・ザロモン。
    「旧約聖書」の「創世記」第1章とミルトンの「失楽園」を元にして書かれた英語の台本をゴットフリート・ヴァン・スヴィーテン男爵がドイツ語訳に翻訳しました。

    現在でもウィーンでは新年の初めの演奏会に恒例として演奏されているようです。

    #3446返信
    nyanko-sensei
    参加者

    私はさすらいの音楽の先生、ニャンコ先生だ。

    先生、今日は続きズラ。

    前回はD.S. についてだったね。

    ゲームじゃなかったズラ。

    そうだね。リピート記号の一つだった。
    今日はこれと似ている D.C. についてじゃ。

    それはDCカード ズラか?

    いやいや違う。これは ダ・カーポ と呼ぶんじゃ。
    前回説明した通りイタリア語で da は「~から」だったね。
    capo は「頭」 だから直訳すると、頭からとなり楽語では 「曲頭に戻る」 となるんじゃ。

    曲の最初に戻るズラね。
    じゃあ、いつまでたってもグルグル繰り返して終わらないズラ。

    前回のD.S. も同じじゃが、これらリピートされる場合には「ここが曲の最後だよ」という終止記号が記されているんじゃ。
    よく使われるのがfermata記号(フェルマータ)とか、fine などかな。

    fermataって音を長くするだけじゃないズラか?

    音符などの上にあれば、程よく伸ばす ことになるけど、複縦線の上にある場合は、ここでお終いを意味する。他にも何種類か意味はあるが、よく使われているのはこの二つじゃ。
    fermata はイタリア語では「停まる」を意味し、fine は 「終わり」を意味するんじゃ。
    イタリアではバス停 をfermata と言い、映画の最後はfine と出る。

    どちらも音楽だけの言葉じゃないズラね。

    #3453返信
    makiko
    モデレーター

    皆さんこんばんは!!

    大型連休中盤(ゴールデンウィークとは映画界の造語だって知っていましたか?
    NHKはこの造語をいまだに認めておらず大型連休と言っています(笑)
    皆さんいかがお過ごしでしょうか?
    今日の札幌現在の気温7度。花見をするのにはまだ寒いです!!!

    1786年5月1日の今日、モーツァルト作曲「フィガロの結婚」がウィーンのブルク劇場で初演されました(モーツァルト30歳)
    ある程度の好評を得ましたが、原作の貴族批判は概ね薄められているとはいえ危険視する向きもあったようです。
    モーツァルトが次に書いたオペラ『ドン・ジョヴァンニ』の後半で『フィガロ』の「もう飛ぶまいぞこの蝶々」の一部を演奏していたようです。

    原作は喜劇『セビリアの理髪師』(第1部 1775年 / パイジエッロ(1782年)、ロッシーニ(1816年)がオペラ化)、正劇『罪ある母(英語版)』(第3部 1792年 / ミヨー(1964年)がオペラ化)とともにフィガロ三部作と呼ばれています。
    『フィガロの結婚』は前作『セビリアの理髪師』の好評を受けての続編。
    正式な題名は『狂おしき一日、あるいはフィガロの結婚』前作以上の評判を得たといわれてます。

    封建貴族に仕える家臣フィガロの結婚式をめぐる事件を通じて貴族を痛烈に批判しており、
    度々上演禁止になりました。
    このような危険な作品をオペラ化し、神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世のお膝元ウィーンで上演できた理由は不明。ポンテの自伝によれば、彼がうまく皇帝を懐柔して許可を得たことになっているようです。
    こうしてウィーンでは期待したほど人気を得られなかったものの、当時オーストリア領だったボヘミア(現在のチェコ)の首都プラハの歌劇場で大ヒット。
    作曲者も招かれて有意義な時を過ごし(この時に交響曲第38番『プラハ』K.504を初演)、新作オペラの注文までもらえ、翌年『ドン・ジョヴァンニ』K.527を初演したようです。

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返信先: フリートークで#3548に返信
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