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#6096
宮澤功行
ゲスト

疾風怒濤の教育への投稿が久し振りになり済みません????????
第二の疾風怒濤の教育本の為に続きを書いていこうと思いますので私の FBと合わせて読んで頂けたら嬉しいです。
さて、最近のFBサイトに私とロシア????????との音院交流のことを掲載していますが想い起こせばそれは1991年のソヴィエト崩壊から始まりました。
国が崩壊し音楽家へ給料は支払われず、演奏会も無くなりソヴィエトの音楽家が西側諸国に助けや援助を求めてきました。
東京のPTNAからはPianistのアンドレ・ピサレフ氏とヴァイオリニストのアナスタシアさんの演奏会や個人レッスンの会を開催して頂けないか⁇と打診があり引き受けたのがロシア????????との音楽交流の始まりです。
PTNA北海道支部長・石川越章氏の多大な協力を得てやがて(Moskva音楽院ピアノ科主任ドレンスキー教授と生徒たち)と云う演奏会を開いたり、ピサレフ氏とアナスタシアさんの演奏会を札幌などで数回開催し、また二人のCDとDVDを札幌発で製作する事などしていきました。
この流れの中でESC(日本????????ロシア????????交流協会)の増田先生と出会い札幌Conservatoire????とロシア????????の音楽交流は次第に加速していきました。
私はロシア????????がこんなに早く国力を回復するとは思ってもいませんでしたが相変わらずロシアの????????音楽文化には惹かれていました。
やがてより有意義な交流を目指しConcours Schule(学びのconcours)を創設しMoskva音楽院、Moskva中央音楽院、グネーシン音楽院の教授たちが札幌Conservatoire????で演奏会や個人Lessonの会を度々開催する運びになりこの催しは現在も順調に続いています。
さらに当音楽院からMoskva音楽院へ留学、Moskva近郊にあるTchaikovsky記念館で音楽院生徒たちが演奏会をさせて頂いたりピアノ協奏曲をMoskvaのオーケストラと共演する迄に音楽交流は発展しています。
今思えばソヴィエト崩壊の時にピサレフ氏(現在はMoskva音楽院ピアノ科主任教授)などの音楽家を引き受ける決断をしなかったなら今の良好な音楽院交流は考えられもしない出来事だと思います。
何故なら私の学生時代からMoskva音楽院はピアノを学ぶ者たちの憧れで、それは遥か彼方のエベレスト山の様に気高くそびえ立つ音楽家の殿堂でした。
世界を凌駕し驚かせているそのRussian pianismは当時西側にとっては極秘のveilに包まれていたピアノ奏法でした。
交流の中で当音楽院へTchaikovsky国際コンクール審査委員長でMoskva中央音楽院学長のウラジミール・オフチニコフ氏が来られ、彼が札幌Conservatoire????の玄関に入った最初に『此処には音楽があります。、、、音楽院交流を促進しましょう‼️』と芸術家の鋭敏な感性で当音楽院の空気を読んでの発言に札幌Conservatoire????を創設した私は我を忘れるくらい嬉しかったのを今でも時折想い出し元気と勇気をいただいています。
現在私達が努力を積み重ねてきたこの流れで館石侑里香さん、松橋凌大くん、中山拓樹くんなどがMoskvaで素晴らしい教育を受けられている事に感謝と感動をしています‼️(続く)