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#3745
宮澤功行
モデレーター

≪疾風怒涛の教育 (私塾)≫
私が音楽家としての教育を授けられたのは「桐朋学園大学ピアノ科」で師事したのは桐朋の音楽科を創設した「井口基成・井口愛子・斎藤秀雄」と室内楽の小林武史の4人の教授です。
戦中,西洋音楽は禁止されていたので戦後に創設された桐朋の先生方の目標は「世界に追いつき追い越せ」でした。
学校の方針は「少数精鋭の才能教育に特化」で,特訓を重ね「欧米に出しても恥じないレベルの音楽家を育てる」のを目的とし,それが教育の中心に据えられていました。
学生には教授か講師が一人レッスンを担当しますが私の学年はピアノ男子が私一人でしたので4人の教授に様々な音楽上の特訓レッスンを受けるという大変恵まれた学生時代を過ごしました。
直接の担当の井口愛子教授はレッスンの帰りには毎回お菓子や果物を持たせてくれて時々ご馳走をして下さったり、、、今の音大では考えられない教育を授けられたと思います。
その教育形態は日本文化の偉大な伝統を形成した私塾を思わせるものでした。
江戸時代の私塾は教師の自宅が教える場で寺子屋と同じく「教師と経営者とが同一人物」です。
桐朋学園に間借りする形で創設された桐朋の音楽科は学校法人として「教育者と経営者」が一応分離していましたが当時の桐朋学園の実態は正に私塾の様でした。

Wikipediaで調べると日本の私塾が成した功績の偉大さが良く解りますが通った頃の母校・桐朋に似ているとして私が憧れたのは下記の私塾です。
先ずは本居宣長の「鈴の屋塾」、緒方洪庵の「滴々斎塾」、石田梅岩の「心学舎」、そして有名な吉田松陰の「松下村塾」などです。
その後札幌へ帰り桐朋で受けた私塾の様な教育をとの思いに拘り札幌コンセルヴァトワールを創設し,夢と理想を掲げて頑張ってきての今日です。
小さな小さな私塾の様な音楽院ですが他では考えられない素晴らしい成果を挙げ続けているのはご存知の通りです。

やがて多くの生徒達を母校に送り娘も両親の母校でと考えていましたが創設者の次の代の理事長が富山県に桐朋の大学院大学を創る事に絡んで10億円の詐欺を働いた事件が起き娘Musicaを母校に送ることを止め直接留学させることに決めました。
当初,母である陽子先生の学んだウイーンへと考えていましたが娘自身がフランス音楽を学びたいとの決意を示したので急遽Parisに留学先を変えました。
結果はMusicaのプロフイールに書かれていますので割愛しますが大成功を収めました。
母校の詐欺事件は悲しい出来事でしたが学校法人を隠れ蓑に私利私欲を肥やす理事長・理事の類が日本の音大の質の低下を招いています。
今日も日本の音大が抱える本当に残念なNewsに触れ開いた口がふさがりません。
教育理念を失った教育機関(大学)は拝金主義者の餌場の様にさえ感じます、、、。
音楽教育や音楽家の仕事は形が無いだけにどう考えても経済合理性には相容れず,割り切れもせず,薄給や重労働(練習)にもかかわらず安いギャラに甘んじて仕事をしている側面があります。
少子高齢化の加速により需要と供給のアンバランスも物凄い勢いで膨らんでいますから経済的な側面だけを考えるなら矢張り医師や他の職業に就かれるのが賢明な選択なのかも知れません。
そうした社会状況にもかかわらず「形の無いところにこそ物事の本質が在る」と信じて頑張っている音楽家を裏切るような仕組みはやはり改めて行かなければと思う今日この頃です。

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