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#3577
宮澤功行
モデレーター

≪疾風怒涛の教育 雑学その1≫
(楽譜について)
 医者に何度も見放されるくらい病弱だった幼少のころの私の家は家族,親戚が日本舞踊に和楽器(琴・尺八・三味線)を嗜でいましたので何だか訳の解らない記号と文字と線が書かれてある本がたくさんありました。
それが和の音楽を表す楽譜というものだと知ったのは4歳の頃でした。
病床で蓄音機やラジオから聴こえてくる三曲の調べ、民謡・童謡・童歌は「私の音楽の故郷」として今でも心の奥底で鳴り響いています。
やがてピアノ(洋 琴)を習い始め、それらの音楽やコオロギや鈴虫の声、風の音、祭りのざわめき等を楽譜にしてピアノで弾いてみようとしましたが、当時の私は音と音の間にある音楽とかリズムの微妙な具合を記す方法を知らず楽譜にすることは出来ませんでした。
近年「楽譜に忠実」に演奏することが主流となっていて原典版と原典版を更訂した「原典版の批判版」なるものまで出版されています。
そして演奏者にも「楽譜通りに弾く努力」を当然のこととして求め「楽譜をきちんと読む」あるいは「楽譜に書いてあることの奥を読む」ということが強く求められています。

しかし昔の尺八の楽譜や文字で書かれた義太夫の楽譜等から響きや音としての音楽は全く解りませんし、ユダヤ教の音楽が楽譜の無い時代からシナゴーグで伝承されてきたことやジプシー(ロマ)などの民族は楽譜を読めなくても、書けなくても、心に響く音楽していることを考えると、改めて一体楽譜って何だろう? と、思うことがあります。
もし『最初に音楽ありき』と言うならばダレッツオの開発した近代記譜法にはすでに限界が感じられます。
私は今の時代こそ定量楽譜にネウマ譜のトルクルス・レスピヌスやキリスマの様な記号や尺八の楽譜に見られる線、等を付け足した「新・定量記譜法」を発明してみることを次代を担う作曲家たちに推奨したいと思っていて私はそれを待ち望んでいます。
あの幼子の魂を揺さぶった音楽が音楽の原初的なものであり本質であるなら今一度、定量楽譜の縛りから開放され「一音・一音の音の密度」と「音と音の間に漂う音楽」を存分に味わってみたいと思う今日この頃です。
なぜなら、そここそが日本人である私の音楽の魂が帰属出来る空間と思えるからです。

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