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《疾風怒濤の教育 その成功への情熱(2)》
今,少し時間が空いたので階層社会と仕組みについて書いてみます。
今流にはHierarchieとBusiness modelと言い変える事が出来ますが現在の近代社会Systemから考えると,あの変てこな平安時代が398年,江戸時代が265年もの長い間なぜ続いたのかが不思議です。
でも今の世の中も大所高所から眺めると100年後の人々が見たらとても可笑しな事が沢山あります。
それでも一般的には社会に波風を立てるのを嫌い気付いても気づかない振りをしているか⁇ 変えるのが面倒臭いから『今のままで良いんじゃない⁇ 慣例や伝統に従いましょう‼️』となります。
民主主義は時間がかかる上に上記のような保守派が大多数を占めますからそれが例え悪しき伝統・慣習であっても改革・改善・改良するのは本当に大変です。
その上,音楽家には仕事の特質から(我が最高)(我が一番)的な個人主義者が多くその度が過ぎた利己主義者が沢山います。
つまり付和雷同せず群れない一匹狼的な生き方をよしとし,それが芸術家の生き方と思っている人達ですから改革・改善など出来るはずがありません、、、自分の頭に止まった蝿は払うが他人の蝿は取らない人達を束ねて,ありとあらゆる分野に構築され雁字搦めになっている階層構造や仕組みを変えるのは至難の技です。
例え矛盾を感じ,理不尽な仕打ちにあったとしても個人主義者は我が身の安全と己れの魂の自由を最優先しますから、、、。
なので周囲から〔狂気に感じられる情熱〕がなくてはいつの時代も仕組みや体制を変えることは出来ません。
普通に生きてるのでは何一つ変えられ無いから先ほどの変てこな時代さえも長く続いて行く訳です。
元生徒で今や有名人の吉田友昭くんと我が家で????wineを酌み交わす中で『私も宮澤先生の疾風怒濤を見習いたいんですがキリスト、坂本龍馬、吉田松陰、etcは皆,疾風怒濤で時代を変えましたが,はり付け、暗殺、斬首などで皆んな長生きしてませんですよね〜』と、、、正にその通り。
吉田松陰は生徒たちに『狂え〜〜〜』と叫んだとか⁇⁉️
ちっぽけな例ですが,長い伝統を誇りそれを権威の拠り所としていた某Concoursが審査員の固定化,課題曲のマンネリ化などの客観的弊害,時代錯誤的な仕組みの欠陥があり、次第に審査結果にも理不尽さが付き纏う様になっていました。
このコンクールを改革しようとして真っ直ぐぶつかって行くとアッと言う間に打ちのめされるのが分かっていたので、私はこの仕組みを変える為に絡め手から攻める事にして《毎日こどもコンクール》の仕組みを作り上げ開催に漕ぎ着けました。
翌年,矢張り当時の子供コンクールに幾多の矛盾を感じ,それを時代に合ったものにしなくてはと燃える様な情熱を持って北海道に来られた故・福田靖子先生と意気投合し.先生に頼まれてPTNAの北海道での発展を引き受けることにしました。
それまでの権威主義的なコンクールに対して改革・改善・改良したことの主な点は①点数の公開 ②審査員の講評を参加者に渡す ③審査員の固定化を止める ④課題曲と自由曲に幅広い選択肢を持つ ⑤ 審査員の勉強会と幅広い交流 ⑥ 若手の審査員であっても実績に応じて本選会や学生コンクールに抜擢 ⑦ etc…
此の様に,この二つのコンクール(毎日こどもコンクールとPTNAコンペテション)はその仕組みが正に画期的であった為,その後,社会的認知を得て改良改善を重ねながら,それぞれ第一回は90名ほどの参加で超赤字でstartしたのに今や約二千人の参加者が挑戦するコンクールに発展して行きました。
PTNAはその後,全国的には4万5千人の参加者に支持されるに至りました。
もしあの時,私が『今のままで良い、変えるのは無理、出来っこ無い』と諦めていたら北海道の子供のピアノ世界が今の様な活気に満ち溢れることは決してなかったと思います。
Hierarchieに楔を打ち込み新たなBusinessmodelを構築して時代の流れを変えていく試みは超大変でしたが矢張りとても意義深く感じます。
次代を担う若者にはこのような気概と情熱を持ってピアノに向き合って欲しいと願っています。
何故ならこれも疾風怒濤の教育の一つだからです。

