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《疾風怒濤の教育 その(4)》
札幌コンセルヴァトワールの実践教育の一つにヨーロッパ音楽研修旅行があります。参考に04年の研修の文を掲載します。
【歩いているだけで詩心・歌心が湧いて,それが自然に醸成されていく不思議な感覚に陥る街はヨーロッパにもそう有るものではない。
芸術を志す人にとってパリやペテルスブルグは,そうした街の一つであり何度訪れても飽きる事がない。
「人は旅をしないと駄目になる」と書いたモーツアルトは自分の居る狭い空間に留まっていると才能はやがていき詰まる事を自覚した天才でした。
エコール・ルマル音楽院のMarian Rybicki教授が主宰して下さったパリの演奏会は満員のお客様から盛大な拍手をあび大好評を博しました。
この実践自体が時間と空間を超える事を促していますが,パリの市内観光とルーブルでの美術鑑賞なども多大な影響を与えたと思います。
私達はパリの成功の余韻に浸る間も無く,期待に胸を膨らませペテルスブルグへと向かいました。
霙(みぞれ)降るペテルスブルグ国際空港に降り立った一行は,ここはパリとは全く対照的な街である事を直に悟りました。
翌日エルミタージュ美術館,ピョートル大帝夏の宮殿などを観光,その後開催された演奏会では時差や環境変化にうろたえる事無く,皆伸び伸びとした演奏を披露,ここでも聴衆の盛んな拍手をあびる事ができました。
「日露交流演奏会」でしたのでロシアの子供の演奏もあり,終演後には当地の「薔薇の学校」の生徒達とプレゼント交換会なども行われ,すこぶる友好的な感じで会を終えました。
こうして異国の地での子供達の真摯な演奏を聴いていると,やはり音楽は言葉を超えて「心から心へ」伝わることが良く解ります。
個人レッスンの会も充実,参加者全員がペテルスブルグ音楽院の二人の教授を囲んで行われた昼食会では「是非ペテルスブルグ音楽院へ来て学んで欲しい、、、」とお願いされたり「お互い今後の交流を続けて行く上で何が可能か?」などについて話し合われました。
旅のクライマックスは「ピアノ協奏曲の夕べ」
モーツアルト作曲・ピアノ協奏曲・ニ短調 K,466(後藤絵里・17歳)
ショパン作曲・ピアノ協奏曲・一番 佐竹茉梨子・13歳)
ベートーベン作曲・ピアノ協奏曲・三番 八田智大・17歳
「アレクサンダー・カントロフ指揮ペテルスブルグ交響楽団と全楽章を共演」
3人のソリストの音楽への熱い思いと分厚く奥深いペテルスブルグ交響楽団の響きが共震し,曲が流れ,会場に音楽が満ち始めると、、、、やがて沢山のロシア人が涙を拭いはじめました。
驚いて,ふと会場を眺めると大阪の西川先生と札幌の棚瀬先生の目にも涙が、、白井さんも泣いていました、、皆の目に涙が溢れて、、、いるのです。 終演後,スタンデイングオベーション(素晴らしい演奏や感動した事に対して立ってアンコールの拍手を続ける事)で感激を表してくれたロシアの聴衆に私は思わず感謝。
指揮者のカントロフ氏と団員からも激賞・絶賛され,「この素晴らしい演奏会を今後も続けていきたい、、、、」旨の要望を頂きました。それにしても,初めて海外でのオーケストラ共演にもかかわらず全く動じない3人の度胸には脱帽です!
以上,淡々と書いてきましたが,その一日・一日の中に人が生きていく上での大切な要素が凝縮されていた事。
そしてリスクを背負いながらも行動し実践に移し変えていく事で初めて自分を成長させられることを先生と共に学べた旅だったと思います。
私はこれが音楽教育で最も重要な要素であり,その先の究極に真の「感動・感激」があると思っています。
技巧に走り何か覚めた感じのする演奏に触れるにつけ,ピアノをしていく上でも人生でも互いに感動する心を共有していく,こうした試みこそが音楽教育の原点だと思うのです。
ピアノを学ぶ子供達が憧れ・夢・希望・理想などを感じないまま日常に埋没していたなら練習を拷問と感じ苦痛に思うでしょう。
逆にいつも心に夢や希望を持っての練習はとても楽しいものに変わります。
机上の空理空論を語るよりは先ずは実践。その素晴らしさを実証してきた札幌コンセルヴァトワールはこれと同様の事をプラハ、ウイーン、モスクワ、その他の都市でも行ってきて現在に至ります。
昨年5月のクリンの春音楽祭のこと等は既に雑誌にも掲載されました。

