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#3311
makiko
モデレーター

皆さんこんにちは❗

今日の札幌は12度。天気は下り坂で夜はぱらぱらと20時前後から雨が降り出すかもしれません。
折り畳み傘などお持ちになってくださいね

1805年の今日、ベートーヴェンの交響曲第三番「英雄」がオーストリア・ウィーンのアン・デア・ウィーン劇場にて初演されました。
作曲者の「無給の秘書」シンドラーが書いた伝記によると、当時ウィーン駐在のフランス公使だったベルナドット将軍(後のスウェーデン国王カール14世ヨハン)の勧めにより作曲を始めたものとされていましたが、このエピソードはシントラーの創作であるとする説が有力視されており、この交響曲の作曲に着手したきっかけはよくわかっていないようです。
なお、ナポレオンが皇帝に即位したという知らせを聞いたベートーヴェンが「彼もまた俗人に過ぎなかった。これから、人々の人権を踏みにじって自分の野心のためだけに奔走し、誰よりも自分が優れていると誇示する暴君になるのだろう」と激怒し、献辞が書いてある表紙を破り取ったという、弟子フェルディナント・リースの回想に基づく有名なエピソードが伝えられていますが実際は、ウィーン楽友協会に現存する浄書総譜には表紙を破り取った形跡はなく、表紙に書かれた「ボナパルト」という題名とナポレオンへの献辞をペンでかき消した上に「シンフォニア・エロイカ」と改題され、「ある英雄の思い出のために」と書き加えられているようです。

ナポレオンへの献呈は取り止めになり、最終的な献呈先はロブコヴィツ侯爵に落ち着きました。
この書き足された「ある英雄」が誰であるのかに関しては昔からいろいろ推測されたようですが、ごく最近「この「ある英雄」は、非公開の初演に立会い、1806年7月9日にイェーナの会戦で戦死したプロイセン王子ルイ・フェルディナント(フリードリヒ大王の甥で音楽的才能もあった)ではないか」という説も出、またそれゆえに、ベートーヴェンが皇帝に即位したナポレオンに激怒したという件についても、事実であるかどうか疑いが持たれています。
ベートーヴェンは終始ナポレオンを尊敬しており、第2楽章が英雄の死と葬送をテーマにしているため、これではナポレオンに対して失礼であるとして、あえて曲名を変更し献呈を取り止めたという説もあるようです。

さて今日の言葉

苦難の時に動揺しないこと
これが真に賞賛すべき
卓越した人物の証拠である(ベートーヴェン)

Buona giornata!!

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